ベネチア運河での大型クルーズ船衝突事故の余波
2019.09.23 01:00
6月2日にベネチアで大型クルーズ船が制御を失い停泊中の観光船に衝突したビデオは世界中に流れた。ドイツのメディアは一斉に事件を報じた。シュピーゲル誌は8月10日号で特別記事を組んだ。表紙は真っ黒な煙を吐く白い大型クルーズ船がサンマルコ広場を真っ二つに裂く図柄で、キャッチコピーは「S.O.S. 狂気 クルーズ船」と衝撃的だ。
ベネチアでは何年にもわたって一向に解決策を実行できない政府にNo Big Shipsのプラカードを掲げ抗議する市民デモは度々起きていたが、6月の事故は反対運動に油を注いだ。各国メディアは観光のリスクのサインに手をこまねいてきたベネチアを例に、観光と経済のバランス、クルーズ船とオーバーツーリズム問題や住民生活と環境への影響を冷静に論じ、観光経済による利益を失わないために適切なインフラと計画を立てる重要性を指摘している。
事故を起こした船はMSCオペラ、総トン数6万5000トン、全長275m、乗客定員2600人余り、乗務員720人。このような大型船がジュデッカ運河を航行しサンマルコ広場前を通過する。デッキからの景観は地中海クルーズのハイライトだが、世界遺産の歴史地区景観は台無しとなる。ユネスコはすでにベネチアに危機遺産になると警告する。
毎年2000隻のクルーズ船がこの航路を取る。大型船は潟を浸食しエコシステムを壊し、波は街の基礎を破壊し地盤沈下の一因となる。また地元のサービス維持には住民に対する観光客比率が大きすぎる。ビジター数は年3000万人弱で、クルーズ船客は150万人程度。歴史地区の人口は1965年に12万人であったが今は5万4000人に減り、環境悪化やエアビーアンドビーのような新興企業によるホテル業への脅威や住居価格の高騰が住民を押し出す。
政府は2012年のコスタ・コンコルディア号事故等を契機に翌年大型船のジュデッカ運河航行を禁止する通達を発したが、代替通路完成後に有効としたため実効性がなく撤回された。17年には大型船を歴史地区からマルゲラに迂回させると発表したが、実施までに4年かかるとされていた。
クルーズ船はベネチアにとって重要な経済ファクターである。船客は年1億5000万ユーロを落とし、3000の職場を創出する。ベネチアは観光収入で潤う半面、これ以上の観光客増加は街の維持を不可能にし、街をクルーズ船から取り戻せとのデモが衝突事故を機に強くなった。こうしたなか、8月9日にニュースが飛び込む。イタリア政府はベネチア歴史地区への大型船立ち入りを禁止するとの報道である。9月から1000トン以上の船は特定の水路が使えなくし、約3割を中心部から離れたフジーナとロンバルディアに停泊させ、6割を現在建設中の潟の南端や外海に停泊させるというもの。しかし運輸相の発言は単なるアイデアに過ぎずこれも実現するか不明、とルポアン誌は懐疑的だ。また市民運動家もこれが実現されたとしても潟の浸食と環境汚染、インフラなど抜本的解決には不十分としている。
世界のホットスポットではさまざまな試みがなされる。一定期間の観光客絶対数を減らすボラカイ島のクルーズ船乗り入れ制限強化、ドブロブニクの1日当たり中世城壁入場者数制限、バルセロナは新たなホテル建設を中止した。アムステルダムはクルーズ船ターミナルを郊外に移し、郊外の観光を促進する。
グループ4●旅行業界と外国政府観光局で永年キャリアを積んできた4人により構成。大学の観光学部で教鞭をとったり、旅行業団体の幹部経験者もいる。現在、外国メディアで日常的に海外の観光・旅行業界事情に接し、時宜に応じたテーマで執筆している。
カテゴリ#コラム#新着記事
キーワード#クルーズ#新着記事
キーワード#ベネチア#新着記事
週刊トラベルジャーナル最新号
アクセスランキング
Ranking
-
城崎温泉街をWHILLで移動 高齢化に対応 でこぼこ道も観光しやすく
-
COP初、観光業の気候対策宣言で歴史的節目 課題は行動 日本の出遅れ感指摘する声も
-
JTBの中間期、増収減益 非旅行事業の減少響く
-
交通空白地解消へ官民連携基盤 自治体・交通事業者と支援企業をマッチング
-
新千歳も外国人入国者プラスに 主要空港の8月実績 韓国けん引
-
廃校へ行こう! 地域の思いが詰まった空間へ
-
リゾートトラストと三菱商事、医療観光で合弁事業を検討
-
沖縄県の宿泊税、都道府県で初の定率制に 26年度から2%で導入へ
-
AI浸透で観光産業に3つの変革 企業関係管理でパーソナル化 流通は直取引に
-
福島・浪江で町の未来考える謎解き企画 異彩作家と連携