トルコ古都に新美術館、アナトリア地方の文化拠点に
2019.11.04 00:00
中央アナトリア地方の古都エスキシェヒルに9 月8日、美術館が新たにオープンした。 観光産業の発展に文化的要素は重要との考えから、トルコ国内で大きな注目を集めている。美術館のあるエスキシェヒルを訪ね、デスティネーションとしての可能性を探った。
イスタンブールの南東、中央アナトリア地方の西端に位置するエスキシェヒルは、人口80万人の学園都市だ。町の大部分はトルコ独立戦争後に再建されたものだが、エスキシェヒルはトルコ語で「古い町」という意味。その古さはオスマン帝国時代の伝統的な木造建築が残る一角、オドゥンパザルに見ることができる。伝統工芸のアトリエや小さなミュージアム、特産の海泡石を使ったショップなどが集まるエリアにオープンしたのがオドゥンパザル近代美術館(Odunpazari Modern Museum=OMM)だ。
OMMは実業家で美術収集家のエロル・タバンジャ氏による私設美術館。同氏が20年かけて集めた約1100点の近現代アートコレクションを展示するスペースとして約4500㎡規模を誇る。設計を手掛けたのは、木材を巧みに使用することで知られる隈研吾建築都市計画事務所。隈氏と同氏のパートナーとしてプロジェクトを牽引した池口由紀氏は、かつて木材市場があったこの町とそこに住む人々に呼応する建築を目指したという。
外観だけでなく内部にもたっぷり木材を使用した 館内は3つのフロアで構成され、光が差し込むアトリウムや順路のないダイナミックな造りが特徴だ。大きな美術館ではないが、アトリエ、ミュージアムショップ、カフェも併設し、ゆったりとアートに触れることができる心地よい空間になっている。
オープニング展「THE UNION」はトルコ人キュレーターのハルデュン・ドストオール氏が監修し、約90点の作品を展示した。見どころは10m四方の空間に合わせて作られた巨大な作品だ。これは日本の竹工芸家、四代田辺竹雲斎氏OMMのために制作したインスタレーションで、弟子と共に20日間かけて創作した日土の友好を表した作品となっている。
観光産業に貢献
9月8日に行われたオープニングセレモニーにはエルドアン大統領も出席したため、普段は静かなエスキシェヒルの町に多くの警官が集まった。大美術館の新設は、基本的に国立で大都市に集中しがち。美術品を収集する財閥や実業家は多いが、それを公開するケースは少ない。タバンジャ氏のように地方都市に私財で美術館を開設することはトルコの観光産業に大きく貢献するため、国としても大いに歓迎すべき事業というわけだ。
オープニングセレモニーでエルドアン大統領は、「OMM はトルコに大きく貢献し、世界に向けて波及効果をもたらす」と挨拶。また、国家施策として文化事業がいかに大切であるかを語り、日本とトルコを結ぶ国際線の航空座席供給量が増えれば、トルコへの日本人渡航者は拡大が見込めることに言及した。
観光素材の面から、エスキシェヒルが属する中央アナトリア地方の西部に目を転じると、ヨーロッパから移住したフリギア人が紀元前8世紀ごろにゴルディオンを首都に国をつくったエリアとして文化的要素に事欠かない。このエリアは、フリギアの王ゴルディアスにまつわる「ゴルディアスの結び目」や、ゴルディアスの息子ミダスにまつわる「王様の耳はロバの耳」などの逸話で知られる土地だ。
エスキシェヒルから東へ車で約2時間のゴルディオンには大小多くの古墳が残り、最大のものはミダス王の古墳といわれている。古墳は内部に立ち入ることができ、向かいの博物館では貴重な資料を見ることができる。
また、エスキシェヒルの南東部はフリギア遺跡が多数点在する広大なエリア。ヤズル村には、ミダス王のモニュメントである巨大な石碑ヤズルカヤがあり、表面にはフリギアの文字が刻まれている。そのすぐ横では、穴だらけの巨大な岩クルックキョズカヤが不思議な存在感を放っていた。これは火山灰を主とする凝灰岩を掘ったもので、時代とともに住居や食料庫、教会として役割を変えながら使用されてきたという。
ここを管理しているヤズル村の村長によると、10年前は外国人観光客も多く、日本人旅行者もここまで来ていたとか。冬は雪に覆われるエリアだが、開けた谷の風景と併せて魅力的だ。
良質なホテルとセットで
高速列車が開通したことで、エスキシェヒルはイスタンブールから約2時間半、首都アンカラから1時間半と以前に比べて格段にアクセスが良くなった。人口80万人の町だが、オドゥンパザルの古い町並みや日本人と風貌が似ているタタール系トルコ人が多いこともあり、どこかほっと落ち着ける雰囲気が漂っている。
とはいえ、観光地とはいえないこの町にOMMが開業したのは、建設業や不動産業を展開するポリメックスホールディングスの社長にしてOMM の創設者、タバンジャ氏がエスキシェヒルの出身だから。同社は14年にオドゥンパザルの丘の上に「タシゴホテル」(164室)をオープン。町を一望できるロケーションに大型のMICE 施設や源泉から直接引いた広々としたスパを備え、ゆったりとリゾートライフが楽しめる高級リゾートとして地元に根づいている。
さらに昨年は、OMM に隣接して同じ木材を用いた全16室のアートホテル「OMM INN(オム・イン)」も開業した。小規模ながらVIP をもてなすことができる良質な宿泊施設として注目されている。視察した旅行会社のマネジャーは、ビギナー向けではないとしながらも、「OMM とエスキシェヒルの町、タシゴホテルはセットで旅行者を引き付ける有力な素材になる」と話しており、町を見渡す丘の上のリゾートホテルは魅力的と語った。また、「郊外の遺跡巡りは車窓から眺める夕日の美しさも魅力の1つ」と話す参加者もおり、郊外の素材も演出によってエスキシェヒルをアピールできる要素となりそうだ。
19年のトルコへの日本人渡航者数は11万2000人の目標で、前年を36.7%上回る計算だ。20年3月の羽田空港の国際線増枠では配分先にトルコが選定されている。メフメット・ヌリ・エルソイ文化観光大臣は、「成田の増便や羽田からの直行便が実現すれば、日本人渡航者をかつての20万人に、ゆくゆくは50万人にまで伸ばしたい」と語っており、政府が立ち上げた民間の観光プロモーションエージェンシーによる活動を強化するとしている。
23年までに全世界で年間4600万人の旅行者数を7500万人まで引き上げる目標を掲げているトルコ。歴史や遺跡に加え、文化や芸術も含めてツーリズム産業を発展させていこうとする国としての気概を感じた。
取材・文/竹内加恵
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