文化観光推進に必要なこと
2023.10.23 00:00
わが国の「新時代のインバウンド拡大アクションプラン」では、世界のアート市場における売上額シェアを7位(25年目標値、19年はランク外)に引き上げるという文化観光の目標が掲げられている。この点に関し本誌4月24日号特集「文化庁移転と観光」で原稿を執筆した。
その際、芸術文化関係者における文化観光は「『芸術文化が観光に利用されている』という声が聞かれるなど、違和感を唱える考え方が多く存在する」ことに言及したところ、ツーリズム関係者からは逆に違和感を唱える声をいただいた。このような文化観光推進における温度差をどのようにして埋めたらよいのだろうか。
静岡文化芸術大学准教授の佐藤良子さん(地域文化振興、芸術文化支援)に芸術文化側の視点を聞くと、「この10年ほどの国の文化政策の方向性として文化芸術と経済の好循環を強調しつつあることを認識している。しかし、その前提として文化芸術の本質的意義のもと、文化芸術を生み出し、守り、育てている方々の思いも大切にする必要があるのではないか」という。
文化庁によれば、文化芸術振興の意義は「豊かな人間性を涵養し、想像力と感性を育むなど、人間が人間らしく生きるための糧となるものであり、他者と共感し合う心を通じて意思疎通を密なものとし人間相互の理解を促進するなど共に生きる社会の基盤を形成する」ことが筆頭に挙げられている。
芸術文化側の視点を理解するため、佐藤さんに三陸国際芸術祭を紹介いただいた。この芸術祭は三陸の郷土芸能と世界の芸能をつなぎ、現代アーティストが参加し相互交流する仕組みを地域の鉄道会社や行政が支えているイベントだ。ユニークなのは外部との交流のコンセプトである。現代アーティストは踊りに行くのではなく、地域に習いに行くという立ち位置で、これが地域の芸能団体にとっても新たな交流の契機となっているそうだ。「単なる一過性のイベントという観点ではなく、主催側がクリエーションの専門家(企画者など)や市民の声を聴きつつ、観光コンテンツを結び付けて持続的な仕組みを構築している」点にも特徴があるという。
異なった角度でも文化観光を見ていこう。筆者は今夏、草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル、昨夏は霧島国際音楽祭に参加した。双方とも2週間にわたる温泉地での国際音楽祭で1980年から40年以上も継続し、海外から招聘されるアーティストに加え、日本の著名演奏家から音大生までが集い、クラシック音楽が新たな顧客層を生み出すエンジンとなってきた国際イベントである。筆者が継続要因として確認できたのは毎年開催を楽しみにしている愛好家の存在や地域住民の熱意ある主体的な活動がイベント継続の根底にあることだ。政策や経済優先で考えないという点も印象深かった。
ただ、芸術文化の研究者や文化行政も変化してきている。例えば、文化庁は16年より「文化GDP(Cultural Gross Domestic Product:国内総生産内に含まれる文化産業による付加価値)」という形でユネスコのガイドラインに沿って産業規模を試算するなど文化の経済的な貢献度を評価し、経済的側面で芸術文化を語ること自体は徐々に自由度を増している。
こうした変化もあるなかで、アーティストや地域の思いを理解しつつ、産業化が可能な部分を見極めながら攻守織り交ぜて仕掛けていくことで「芸術文化が観光に利用されている」という両者の温度差は埋めていくことができるはずだ。
文化観光のさらなる発展はわれわれツーリズム業界の芸術文化への理解から始まる。
髙橋伸佳●JTB総合研究所ヘルスツーリズム研究所ファウンダー。順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科博士後期課程単位取得満期退学、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科修了。経済産業省「医療技術・サービス拠点化促進事業」研究会委員などを歴任。21年4月より芸術文化観光専門職大学准教授。
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