地域住民の生活と観光のバランス

2023.04.10 00:00

 コロナ禍後の観光のあり方が模索されるなかで、今後ますます重要になるのが観光と地域住民の生活の質とのバランスを一層重視する「地域と共にある観光」の試みだ。

 オランダはマリファナや売春が許される世界でも希少な国で、首都アムステルダムにあるレッドライト(飾り窓)地区は訪れたことのある人ならその光景に驚きを禁じ得ないだろう。同市が騒ぎを起こす観光客向けに「こっちに来るな(Stay Away)」というメッセージを送っていると、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が報じた(3月11日-Tourists Face New Rules in Amsterdam)。

 アムステルダム市は昨年11月に観光客の迷惑行為を抑制する政策パッケージを発表し、今年2月にはレッドライト地区における路上でのマリファナ喫煙の禁止、バーやクラブ、風俗店の週末の閉店時間繰り上げ、アルコール販売縮小などの具体的なルールを提案した。

 WSJはこれらの施策に対する意見を紹介している。例えば今回のStay Awayキャンペーンは過去のEnjoy and Respectキャンペーンよりも露骨なアプローチで、アムステルダムに来るなというとかえって若者をあおることになり、正反対の効果を生み出す危険性があるとの指摘。市内でビアバイクツアーを企画する会社の営業責任者は、観光客には楽しんでもらいたいがコントロールされた方法は必要とする。一方、レッドライト地区における観光客の行動ではなく観光客の量こそが問題で、LCC用の第2空港計画への反対意見やクルーズ乗客数を制限すべきといった声もある。

 アムステルダム市は約92万人の住民に対して、コロナ禍前には2100万人以上の宿泊客を受け入れており、コロナ禍以前からスペインのバルセロナなどと同様にオーバーツーリズムが課題となっていた。市はその対策を講じるため、観光計画には「観光客は依然として歓迎される。私たちのおもてなしはもはや住民の生活の質や移動手段を犠牲にすることはできない」と明記したという。

 オーバーツーリズムという言葉が世界中で聞かれるようになったのは16年ごろからだが、それ以前にも日本では観光客の増加がもたらす負の影響について「観光公害」という言葉が使われていた。しかし観光行政の業務は一般的には観光の拡大推進であり、一部地域を除けば観光が常に地域とともにありそのバランスを取る政策はこれまではあまり重視されてこなかったように見える。

 観光庁はこの春、新たな観光立国推進基本計画案を発表し、3つの柱の1つに「持続可能な観光地域づくり戦略」を掲げ、環境、社会(文化)、経済の側面から持続可能な観光を推進していくことを明言した。持続可能な観光という概念を国連世界観光機関(UNWTO)が初めて掲げたのは35年前の1988年である。2023年は卯年。「リープフロッグ」ならぬうさぎ跳びの成長で、持続可能な観光の取り組みに関係者が十分に連携し、一気に世界の水準に追いつき、そして追い越したい。

小林裕和●國學院大學観光まちづくり学部教授。JTBで経営企画、訪日旅行専門会社設立、新規事業開発等を担当したほか、香港、オランダで海外勤務。退職後に現職に就く。博士(観光学)。専門は観光イノベーション、観光DX、持続可能性。観光庁委員等を歴任。相模女子大学大学院社会起業研究科特任教授。