MICEとテクノロジー

2024.06.03 08:00

 Essence of Luxury(ラグジュアリーの本質)というスペインのマルベーリャで行われた商談会に参加した。セランディピアンズという富裕層マーケットのコンソーシアム(共同事業体)が主催する年に1度の商談会で、参加は世界各地から1000社を超える。完全なペーパーレスで、参加手続きから現地でのスケジュール管理まですべてオンラインで運営される。3日間の会期中70社以上のメンバーと面談が義務づけられ、9~17時に10分単位で面談が行われる。

 メンバーは事前にクラウド上に面談希望の会社を選定、リクエスト登録する。コンピューターシステムを利用して3日間での対面商談のマッチングスケジュールが設定される。プログラムの進化により相互希望の商談設定度は95%に上がったと報告があった。オンラインでの商談が日常化されつつある環境で対面による人間同士の交流は必要なのか、という問いに明確に答えを出している商談会だと感じた。

 初参加だったので未知の世界に足を踏み入れたようだった。参加者のみダウンロードできるアプリにすべての商談スケジュールが通知され、スマートフォンなしでは成立しない運営になっていた。アプリには商談スケジュールの相手先データが表示され、会社情報とともに扱うプロダクトから対面者プロフィールまで確認できる。

 期間中はすべての情報がアプリを通して送られてくる。参加者の自国と開催地との往復フライトやトランスファーも事前登録により手配され、毎日数カ所に分散する参加者の滞在ホテルからのトランスファー管理など、スムーズな移動と無駄のない運営がなされていた。すべてがテクノジーのなせる技だ。

 一方で人間同士のリアルな交流も上手に設定されている。3日間のハードな商談スケジュールをこなした最終日には全員が参加するパーティーが催された。商談だけの交流だった相手が最終日の開放された空間で自由に交流する場となっている。達成感と解放感に包まれ、参加者全員の一体感を醸成するような場を演出していた。人間の感情曲線を上手に設計したスケジュールである。

 世界の旅行業界の中で対象となる顧客や特色あるプロダクトを持つ会社同士をネットワークして運営される事業体の必要性はさらに高まっている。全世界から会員を集めるMICEの運営として、この事業はかなり先進的な取り組みだろう。商談会を通して、本当に限られた情報はネットには流れず、人が持っているアナログなものだとあらためて実感した。

 コロナ禍を経て欧州旅行業界の企業地図がさらに塗り替わった印象も受けた。日本では多くの外国資本が観光業に投資しているが、欧州ではホテル建設などのインフラ投資ではなく、歴史的建造物を利活用する持続可能を目指したさらなるラグジュアリー化や、それらを利用する富裕層をネットワークする取り組みが進む。

 わが国では観光庁が中心となって富裕層誘致が進められている。観光庁と文化庁の連携による文化観光も推進される。古民家を分散型ホテルに再構築する取り組みも素晴らしい。できるだけ外資に頼らず、日本資本で地方の魅力ある歴史や文化を継承できないかという思いはある。国の予算を民間事業の後押しに利用する取り組みとして、訪日のゴールデンルート以外にどのように富裕層を地方に誘導するか。

 オーバーツーリズムの解決策としても日本や世界各地の成功事例を共有するため、ITテクノロジーを利用した自治体と旅行業界を対象としたMICEの実施も有効かもしれない。

柴崎聡●グローバルユースビューロー代表取締役社長。海外のネットワークから企画が実現した世界初の「ウィーン・フィルクルーズ」はクルーズ・オブ・ザ・イヤー受賞。シェフや音楽家が同行する旅などオリジナル企画を多数実施。カルチャー&ホスピタリティーを念頭に企画から添乗まで現場で陣頭指揮を執る。

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