三現主義の再確認を

2024.05.27 08:00

 企業経営において、現場・現物・現実の3つの視点から問題解決や改善を図る考え方・哲学・手法を三現主義と呼ぶことはご存じだろう。

 データや伝聞情報ばかりを頼りに机上の空論で経営判断しないよう、現場に直接出向き実際に起きていることや顧客の動きなどを直接見聞きしてマネジメントを行う考え方で、製造業や機器・システムメンテナンスだけでなく物流・倉庫や小売り、飲食店など幅広い産業でその重要性がうたわれている。交通など安全を司る分野では、三現主義を現地・現物・現人として事故の再発防止を図る考え方もある。

 筆者は昭和世代。鉄道や旅行会社で勤務した当時、得られる情報は大まかな販売数に移動量、傾向値くらいだった。詳しく旅行者のことを知るには販売店や移動の列車、バスの発着場、車内や目的地に臨場し、年齢、性別、グループ構成、動き、表情などを観察。時には直接声をかけて話を聞いたこともあった。いま思えば自己流の三現主義を実践していた。

 ここ数年の急速なDX(デジタルトランスフォーメーション)、AI(人工知能)技術の進展によりデータから精緻に近未来の可能性を予測できるようになった。繁閑の大きさ、旅行者の属性や嗜好を短時間に正確に知ることも可能だ。当協会では気象データや地域のイベント情報、過去実績に予約データを加え、アルゴリズムを蓄積した観光予報プラットフォームのほか、スマホの移動データや消費データを搭載した全国観光DMPを構築し、多くの関係者に活用いただいている。観光産業の課題である生産性向上の実現には、こうした新しい技術を貪欲に取り入れていくことが必要不可欠である。

 自動車や家電のように完成品を組み立てて販売するメーカーを頂点として、部品メーカーなどサプライヤーがピラミッドを形成する産業では、ユーザーに対して産業全体で商品を提供する。一方、観光は宿泊、飲食、交通、テーマパーク、旅行会社、地域(観光協会やDMO)などがそれぞれ旅行者にサービスを提供する水平分業の産業構造となっている。

 旅行会社が実施する企画旅行などに参加しない限り、同じ旅行者の情報を交通機関や宿泊施設などが共有することはない。また同じ社内でも一部の業務を委託しているケースも多くある。例えば列車内のサービス、駅業務、ホテルの客室清掃、飲食店などでの旅行者の情報を共有する機会も多くないと推察している。

 業務委託のルール上、直接委託先の従業員に指示することはご法度で、責任者同士のやり取りやレポートだけでは旅行者の子細な動きや声をトップに伝えることも難しい。

 経営幹部の多くは三現主義の重要性を訴え、データをその裏付けとして経営判断や販売促進に活用しているという。業績を上げている企業、活況を呈している地域はまさにこれを実践しているのだろう。ところが筆者が目の当たりにしたケースでは、そうした企業や地域でも、世代が若くなるほど、中間層やスタッフ層になるほどデータ至上主義に陥り、三現に触れる機会が減っていたり、旅行者と直に接するフロントラインの声が共有されにくくなっていると懸念することがあった。

 コロナ禍を経て働き方が大きく変わり、テレワークやフレックス勤務などが一般化し、人手不足もあって現場に出ることができなくなっているのかもしれない。簡単なことではないが、今一度、三現主義の必要性を関係者間で確認しあってみてはいかがだろう。

最明仁●日本観光振興協会理事長。JR東日本で主に鉄道営業、旅行業、観光事業に従事。JNTOシドニー事務所、JR東日本訪日旅行手配センター所長。新潟支社営業部長、本社観光戦略室長、ニューヨーク事務所長、国際事業本部長等を経て23年6月より現職。

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