学術の活用法

2024.04.22 08:00

 このコラムは3年目に突入する。ここまで続けられたのは編集部の寛容さと読者のおかげだ。読者と面会時に叱咤激励を頂くことも糧になっている。コラムタイトルに「観光学の扉」と名付けた背景は、学術と業界にある大きな壁をいかに壊していくか、そのためには風穴となる扉が必要という問題意識があったからだ。産業と学術の両方を経験した立場だからこそ、扉を開けて風通しを良くしたいという思いがある。初心に帰り、本稿では扉の先にある学術の世界をひも解き、活用法について示したい。

 第1は研究論文を生かす方法。何かを学ぶのにビジネス書を買って読む人も多いが、ぜひ研究論文も加えてほしい。研究論文はエビデンスを基に科学的調査を通して何かを解明することを前提にしているので一定の信頼性がある。近年はネット上で世界中の論文を読めることも多く、グーグルスカラーで知りたいキーワードを検索してほしい。

 しかし論文であれば何でもよいわけではない。良い論文を一般の人が見極めるのは難しいが、方法の1つは査読付き論文かどうか。学会誌の論文の多くは審査員の査読後に掲載するので信頼度が高い。大学発行の紀要は未審査のため信頼度は低い。専門用語を多用した全文を読むのは大変なので、概要、研究目的、結論部分を読むことを勧めたい。

 第2は学者の見極め方。方法の1つは科学技術振興機構のリサーチマップというサイトで専門分野や研究業績を閲覧すること。私見では学者には川に例えて川上、川中、川下の3つのタイプがいる。川上の学者は研究活動に比重を置き学術界のみで生きるタイプ。現実を批判的に捉え、社会実装や変革には関心を持たないことが多い。他方、川下は研究より教育活動に比重を置く実務経験者。学術経験なく定年退職後に教員になるタイプが多い。注意したいのは川下ほど産業界との接点も多くなるが、研究活動が乏しく学術界では評価が低いこと、また川上の学者ほど論文本数が多い傾向はあり、本心では社会に関与したい人がいること。

 第3は学会の活用。現在、日本には「観光」を冠する学会は8つ。日本観光研究学会、日本国際観光学会などがある。学会には年1回の全国大会があり、多くの研究発表が行われる。全国大会には非会員も参加できる。意外にも産業界の聴講者も増えており、派生して産学連携の共同研究も活発化している。学会は新たなネットワークづくりにも有効だし、観光がいかに広い概念で用いられているかを知る視野を広げる契機にもなるだろう。

 いまだ学者は象牙の塔のイメージが強い。「学者の主張は現実離れしていて役に立たない」という声も聞く。川上と川下の間にも学者同士で距離感がある。実務家にとって観光は稼ぐためであり、主観的かつ具体的な事象である。他方、学術は真理を探究するために客観的かつ抽象化して理論を体系化し、時には批判的に現実を捉え訂正しながら新たな観光のあり方を再構築する役割がある。学者が研究対象とする観光現象の大部分は産業界と不可分の事象にある。実務と理論、具体と抽象の相互作用があるべき姿であり、本コラムは川中の位置付けでその一端を担っていきたい。

鮫島卓●駒沢女子大学観光文化学類教授。立教大学大学院博士前期課程修了(観光学)。HIS、ハウステンボスなど実務経験を経て、駒沢女子大学観光文化学類准教授、同大教授。帝京大学経済学部兼任講師。ANA旅と学びの協議会アドバイザー。専門は観光経済学。DMO・企業との産学連携の地域振興にも取り組む。

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