旅は心の財産
2023.10.30 08:00
瀬戸内の美しい島々を見渡すホテルに泊まった折に、不思議な形の建物が目に入ってきた。らせん状の2つのリボンが空に向かって渦巻いていく外観の建物である。「リボンチャペル」という名称で世界の名建築として紹介され、結婚式に利用されているとのこと。スタッフにお願いして内部を見学させていただいた。室内はガラスが多用された開放的な空間。手を叩くと残響時間が長く、とても良い響きだった。
「ここで演奏会をやらせていただけませんか」と聞くと、「前例がありませんがどうぞ」というお返事。以来、毎年のようにホテルに連泊して2夜連続のコンサートツアーを行っている。アコースティックの響きが素晴らしいので、バイオリンやチェロ、ハープ、箏などの弦楽器でのコンサートを行ってきた。尾道にあるベラビスタスパ&マリーナ尾道というホテルである。
コロナ禍になり、音楽家の演奏機会が奪われた状態が長く続いた。その間、全国各地の演奏会場を探して宿泊ツアーを企画してきた。富士山の景観を背景にした邦楽コンサートや奥志賀高原森の音楽堂のコンサートなど。高原では晴天の夜に満点の星空の下で芝生の上に寝転がってサックスの演奏を聴く「星空コンサート」を実施した。コロナ禍でもさまざまな実践を試みることができ、どれも素晴らしい企画となった。
日本の地方にはコンサートホールや多目的ホールが多く存在する。これほど各地の施設が充実している国は世界でも珍しいという。海外のオーケストラが日本縦断ツアーを実施できるのは、日本各地のホールが充実しているからだとウィーンの音楽家に聞いたことがある。
コンサートやイベントなどの継続した取り組みのためには、ホールと出演者に加えて地域の連帯が必要となる。毎秋、芸術文化の発信を行う鎌倉芸術祭は地域連携の好例である。鎌倉の宗教者と地元企業や団体が協力し、市内の歴史ある社寺教会を主な会場としてコンサートやイベントを実施し今年18回目の開催となる。
当社は数年前から参画し、妙本寺本堂や鎌倉能舞台での演奏会を実施してきた。今年はベルリン在住のチェリストを招き、バッハを中心とした無伴奏プログラムを能舞台で演奏していただく予定だ。今年のツアーグランプリで、これら「グローバル音楽のある旅」が審査員特別賞を受賞した。コロナ禍で苦境にあった音楽家と連携して旅を企画してきたことが評価されたようだ。地方にある結婚式場などをコンサートイベント会場として見直し、活用する事例の参考になればいい。
上記の記録を地方自治体やDMCに参考にしていただけるよう、ウェブサイト上のシンクタンク「旅研」(https://tabiken.jp/)で紹介している。各地の取り組みに生かしていただきたい。
あるメロディーを聴いて突然過去の情景を思い出す経験は誰にもあるだろう。旅の思い出も、その時に抱いた感情とともにエピソード記憶として脳に記憶されるそうだ。特に楽しかったりワクワクした感情は時を経ても心の財産として思い出すことができる。音楽はその記憶を引き出すきっかけになるというわけだ。私の経験からいえば、旅の記憶は写真による視覚的な記憶より、聴覚による思い出の方がイメージが装飾され、より感情的に想起することができる。
「旅は心の財産」を当社のテーマにしている。旅の思い出という目に見えない財産は人生の年齢を重ねるほど増やすことができ、より豊かな心持ちで生活できる。日本全国の美しい光景を訪ね、人々と触れ合う旅に音楽を掛け合わせる。その体験が一生の思い出になるよう演出できればと。旅は心の財産、音楽はその旅先案内人である。
柴崎聡●グローバルユースビューロー代表取締役社長。海外のネットワークから企画が実現した世界初の「ウィーン・フィルクルーズ」はクルーズ・オブ・ザ・イヤー受賞。シェフや音楽家が同行する旅などオリジナル企画を多数実施。カルチャー&ホスピタリティーを念頭に企画から添乗まで現場で陣頭指揮を執る。
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