新しい学校
2023.07.17 08:00
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人手がなくて……。最近、どこに行ってもこの一言がまるで季語のように会話の冒頭で語られるようになってきた。その続きは、客室を稼働したくてもできない、採用を出しても問い合わせもない、真剣にDXを考えている、等々が続く。
先日、あるフォーラムで経営共創基盤グループ会長の冨山和彦さんは「観光産業の人材不足は向こう30年間解決しない」と話していた。労働生産性の低さが産業界ワーストで報酬を上げられない背景もさることながら地方から人材が流失し続けるためだ。しかし光明はある。それは逆説で考えれば30年後には解決する可能性があるためだ。
現在の採用や人材教育は、人口が増え、経済が成長していた1970~80年代に生まれ育ち、働いた世代が考えているが、これから社会に出る若い世代は90年代以後に生まれ育った世代。まず、この世代間の大きなギャップが人材不足を生んでいる。90年代後半から始まった人口減少と経済の停滞は働く意識を大きく変えた。もしかすると冨山さんのいう30年後とは、この世代が50代になり労働のあり方、社会構造を抜本的に変える時代を指しているのかもしれない。つまり、現在30代以上が古い発想のまま人材を考えているうちは何も変わらない。
この夏も大学では地方でインターンシップをしたいという学生が引きも切らない。それも年々若年化し増加している。多くが共働き経済下で育ち、まじめで礼儀正しい。ただ親子のつながりは強いが社会とのつながりが脆弱。本人たちも自覚していて社会を知りたいのだ。SNS社会で育った彼らの中に観光の現場でも接客したくない者もいる。コミュニケーションの取り方を学べていないからだ。日本の子供たちのメンタルの健全度は38カ国中37位。リアルの友達を作るのが苦手な子たちだ。
こうした人口減少期に育った子たちが社会に出始めてすでに数年たつ。プライベートを重視し、転職は当たり前。この世代がおかしいのではなく、それを前提とした社会に作り替えていくことにより人材不足は解決していくのだと思う。
報酬もない地方でのインターンシップが人気の理由は日中の自由時間に遊べるからだ。もちろん、少しは観光業へのキャリア意識は持っている。しかし、多くはきつい仕事に音を上げ、遊ぶどころか日中疲れ果てて寝る子が多い。ただ、これでよい。彼らが欲しているのはリアルな人の温かさだ。そして自分自身の社会人基礎力のなさに気付くこと。このうち1割程度が観光業に、1割程度がコンサル業に就く。彼らが目指すのは同じように社会教育の場となる観光業だ。そのため、キャリアを積むためのステップとして就職する。
戦後、旅館業は地方から出てきた子供を家族として迎え、育てる役割を果たした。1世紀を経て、現役世代が新しい存在意義に気付くか、若い世代に託すか。観光業が新しい学校という理念に気付いた時、きっと人材不足は収束していく。
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井門隆夫●國學院大學観光まちづくり学部教授。旅行会社と観光シンクタンクを経て、旅館業のイノベーションを支援する井門観光研究所を設立。関西国際大学、高崎経済大学地域政策学部を経て22年4月から現職。将来、旅館業を承継・起業したい人材の育成も行っている。
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