パリ・セーヌ川でふたたび泳ぐ日
2023.06.12 00:00
パリオリンピック開催が1年と1カ月後に迫っている。東京大会の閉会式で披露されたBMX選手たちがパリの各所を駆け巡る映像は強く印象に残っている。パリ市内を流れるセーヌ川は市民や観光客の憩いの場だが、水質汚染のため1923年以来遊泳禁止となっている。しかしパリ大会では「川の上」で開会式を開催するというだけでも驚きだが、なんと「川の中」を使って競技を行う計画で、さらには五輪後には市民が泳げるようにするという。100年間泳げなかったセーヌ川の整備の想像を絶するプロジェクトの様子をニューヨーク・タイムズが報じた(5月12日)。
1900年開催のパリ初の五輪ではセーヌ川で7つの競泳イベントが開催された。その後、セーヌ川は下水と産業廃棄物で汚染され、90年代にはパリを流れる区間では世界で最も重金属濃度が高いと分類されたという。川は濁り、パーティーの多い土曜夜には汚染物で覆われ、大雨の際には下水が流れ込む。しかもしばしば氾濫する。1910年1月の大洪水では500万人に被害をもたらし、直近では2016年6月や18年1月、そして20年3月にも河岸が浸水し遊覧船は運航を見合わせた。
パリ市長はパリ大会のレガシーとして、25年夏までにセーヌ川とその上流支流沿いに約20の水泳エリアを市民が使用できることを約束した。水質改善のため、14億ユーロ(2000億円以上)の予算が組まれ、24以上の政府機関や水道・衛生施設などが数年にわたるプロジェクトに取り組む。
例えばトンネルと巨大タンクをつくり、豪雨の際に、川に雨水、流し台、トイレなど未処理水の放出を防ぐためのエンジニアワーク、また個人宅から出る排水を下水道システムに接続するために、1軒ごと訪問し説得するという地道な業務まで行われているという。
一方、オリンピックサイト上流には約170隻の水上生活者の船が係留され、ほとんどの船が下水を直接川に排水していた。18年以降、市は下水道システムに接続するよう指示したが、旧式の船であれば数百万円の経費がかかり、まだ半数程度しか改修作業を行っていない。しかしこれまでの努力の結果、2種類の指標菌のレベルが基準以下になる目標をすでに9割ほどは達成し有望な結果が見えてきたという。
ある意味、パリ五輪はすでに始まっている。仏ル・モンド(5月15日)はエアビーアンドビーを活用する住民が、すでに通常の3倍の値段を設定したと報道した。期間中の訪問客は1500万~2000万人とも見込まれている。パリ市の人口の7倍から10倍近くである。
観光最先端の地で開催されるパリ五輪は競技の熱戦だけでなく、現代における巨大イベントの意義やレガシーとは何か、地域住民にもたらすものは何かという点でも注目される。日本では25年に大阪・関西万博が開催され、約2820万人の来場者数が想定される。どのようなレガシーが残り、創造されるのか。楽しみであり、ぜひ参加したい。
小林裕和●國學院大學観光まちづくり学部教授。JTBで経営企画、訪日旅行専門会社設立、新規事業開発等を担当したほか、香港、オランダで海外勤務。退職後に現職に就く。博士(観光学)。専門は観光イノベーション、観光DX、持続可能性。観光庁委員等を歴任。相模女子大学大学院社会起業研究科特任教授。
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