『凍』 生死をさまよう姿を沢木流の描写で
2023.06.12 00:00
山岳モノにハズれなし、というのは持論であるが、登山シーズンのいま、超おすすめしたい一冊をご紹介。
21年、山岳界のアカデミー賞といわれるピオレドール賞・生涯功労賞を受賞した国内最強クライマー・山野井泰史。しゅっとした風貌とひょうひょうとマイペースな人柄も魅力的な、山岳界のわがアイドル(?)である。
数々の新ルート開拓や単独登攀(とうはん)の記録に加え、彼の名をさらに広めたのが02年、妻の妙子と挑んだヒマラヤのギャチュンカン北壁登頂とその後の生還劇だと思う。雪崩に見舞われ手足の指10本を凍傷で失った山野井だが、05年にはポタラ峰北壁の登攀に成功し、復活を世間に印象付けた。このギャチュンカン登攀を中心に、山野井夫妻の生きざまを追ったのが本作だ。
“「ああ、心臓が止まる、止まる……」”“目が覚めるとまだ生きていた”“目の見えない2人にとって音だけが頼りだった。しかし、そこに音はなかった”
ひいい。
生死の境をさまよう、というのはこういうことだろうか。アプローチの困難、雪崩、滑落、雪山で起こる目の障害、凍傷、胃潰瘍。連鎖して起こるピンチに息が詰まるが、2人の生きる意志と能力、そして互いへの強い信頼に心打たれページを繰る手が止まらない。「死んでもまた会える」と妙子を置き歩き出す山野井、命の限界でも自力でベースキャンプに歩いていこうとする妙子。夫婦愛的な言葉では到底くくれない、一流同士の絆と姿勢に敬服だ。
ギャチュンカンに到るまでの夫妻の人生の丁寧な描写、山の知識がなくても理解に困らないように描かれたアタック場面、洒落たエピローグなど、隅々まで沢木耕太郎風味の読み応え十分なノンフィクション。
山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。
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