宿泊者の自署

2023.05.15 08:00

 河野太郎デジタル相が先日、SNSで「厚労省より『宿泊者名簿の記載は、宿泊者の自筆での記載が必須とされるものではありません。ICT代替設備を設け、予約のときに得た情報を営業者が記載した場合は、チェックイン時に、宿泊者が誤り等ないことを確認しチェックボックスへのチェックを行う等の方法で足りると考えられます。』拡散希望」と投稿した。

 それを受けて急きょ、厚生労働省から各業界団体に対し「いまだ、一部の旅館業の施設において、オンライン予約時に氏名等を記入し、チェックイン時に自筆での記載を行っているとして、改善を求める要望が、数多く届いていると連絡がありました。(中略)宿泊者の自筆での記載が必須とされるものではないことについて(中略)周知いただきますようお願いします」との事務連絡が出た。

 確かに20年10月に各都道府県生活衛生担当課等に出された事務連絡「旅館業法に関するFAQの改定について」には該当する項目がある。しかし、事務連絡時点からも分かるようにコロナ禍で利用者から「ペンを持ちたくない」「接触機会を省きたい」などと記載を拒否されるケースが頻発し、宿泊施設が業法との板挟みで困っていたことから、自署を拒否されても代替手段があれば宿泊可能という新解釈が生まれたものと理解していた。

 宿泊者名簿を備え、これに宿泊者の氏名、住所、職業その他の厚生労働省令で定める事項を記載するという根拠は旅館業法第6条によるものだ。少なくとも数年前までこの記載は宿泊者自身が行うという解釈が基本だった。都道府県等における施行条例や細則もその前提で書かれていたため、例えば現時点においてもほとんどの自動チェックイン機がタッチペンで自署サインを必要とする仕様となっている。いくつかのソフト会社に確認したが、各社とも開発時に厚労省や自治体に確認したところ、自署機能を求められたと答えた。

 また、自署が必要という指導は保健所だけではなく地元警察署からも宿泊施設に行われていた経緯もある。犯罪者の特定にあたり、自署を残すことにより筆跡鑑定が可能になるというのがその根拠だったはずだ。犯罪者が「手をけがしているので署名できない」と自署を拒否したことで宿泊施設が叱られたという事例も記憶にある。それらも含めて将来的に自署が本当に不要なのか判断できず、おいそれと廃止に踏み込めない宿泊施設がほとんどだろう。自動チェックイン機の仕様変更もすぐできるものではなく、その費用もばかにならない。

 いくらデジタル相が本件に着目したからといって、対応していない宿泊施設側に問題があると言わんばかりの事務連絡の表現には大いに違和感がある。私は規制緩和そのものには大賛成だが、本件は本来、各省庁でコンセンサスを取り、業法改正も含めて地ならしをしてから行われるべきであった。現在審議待ちの旅館業法改正案には今回問題になっている第6条の改正も含まれてはいるが、肝心の「記載」という表現についての変更は含まれていないのだからおかしなものである。

 そもそもオンライン予約時における住所・氏名が正しいものとは限らない。全国旅行支援で必須だった本人確認において、3割以上の利用者の住所・氏名が予約時と異なっていたという宿泊施設担当者の声もあった。日本人の犯罪も多いなか、外国人だけにパスポートのコピー保存を義務付けるルールもいまとなっては不自然だ。自署不要論と並行して本人確認の必要性の議論についても深めていくべきだろう。

永山久徳●下電ホテルグループ代表。岡山県倉敷市出身。筑波大学大学院修了。SNSを介した業界情報の発信に注力する。日本旅館協会副会長、岡山県旅館ホテル生活衛生同業組合理事長を務める。元全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会青年部長。

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