新しい旅の価値を求める

2023.04.03 00:00

 世界がようやくコロナ禍から抜け出し、日本でも規制緩和が進んでいる。ようやく3年前の社会に戻るかというと、そうはならないないように思う。旅行業界のみならず、社会全体が大きく変わったと感じるのは私だけではないだろう。変化を進化と捉えて私たちがどのような社会を築いていけるかが試される時代なのだろう。

 旅行業界は人流が滞り、いままでのビジネスを根底から見直さざるをえない状況に置かれた。旅の意味も価値も人々の心理とともに変化してきたのではないか。当たり前の自由な生活ができなくなり、人とのコミュニケーション、家族や友人との関係をあらためて大切に思えるようになった。テレワークやワーケーションの導入で地方移住の現象も起きた。国内にとどまったこの3年で、日本各地の美しい自然や歴史・文化を再認識する機会を得た人も多かっただろう。

 私自身、国内旅行の企画を兼ねて、この3年で日本のさまざまな地方を訪れた。特に印象に残るのは和歌山県の丹生都比売(にうつひめ)神社である。紀伊山地の霊場と参詣道の1つとして世界遺産に登録される神社で、高野山の麓かつらぎ町天野にある。この町は随筆家・白洲正子が『かくれ里』の中でその美しい田園風景を紹介している。神社では宮司の丹生晃市さんに話を伺う機会を得た。仏教と神道がどのような経緯で共存してきたのか、神仏習合に至る多様な話を聞き、初めて日本の歴史の一部を理解することができた。

 世界から見るとユニークともいえる宗教的融和の理念が世界遺産登録への大きな評価点であったとのこと。日本を世界から見ることによって、その魅力を再発見する視点が国内ツアーや訪日観光の企画にも必要なポイントだと実感した。

 神社境内の近くには「客殿カフェ」という素敵なカフェや、古民家を改装した南峰庵という1日1組限定の宿があり、早朝には静寂な神社の境内を1人で散策する体験ができた。この町には山荘天の里という全8室のラグジュアリーホテルもあり当社のツアーでも利用している。

 天野から高野山につながる高野参詣道のハイキングには、数年前に天野に移住してきた青年がガイドを引き受けてくれた。多言語を話す彼は訪日外国人を案内した経験もあり、天野の土地に移住してきた経緯や体験など、さまざまな実体験を聞くことができた。

 この天野での体験は現在観光庁で取り組む「観光の高付加価値化」の要素が揃っている。神道である神社と仏教の高野山との歴史的つながりと継承、地域に根差した地元食材の料理を提供するカフェ、そして古民家を再生した貸し切りの宿、多言語を話す現地の若者ガイドなど、国内ツアーだけでなくインバウンド訪問地としての可能性が用意されている。さらに必要なことは、その要素を編集し、ストーリーにして人々をつないでいくことだと思う。

 旅の価値は時代とともに変化している。旅人としてその土地を訪れ、そこで生活する人々との一期一会の出会いを体験し、大切に継承されてきた土地の歴史に触れる機会によって旅の意味はさらに深まる。新しい旅の価値を生み出す挑戦には地域の人々の協力と歴史や文化を可視化して人々に伝える企画力が必要だ。地域にもたらすべき持続的な経済効果を念頭に文化の継承となるような取り組みができれば理想だろう。

 コロナ禍を脱し、国内旅行が活発化し、インバウンドの外国人旅行者の姿も多く見るようになった。新しい時代を迎えたこれからの社会では、以前との数字の比較をするのでなく、新たな旅の意味と価値を考えながら人生が豊かになる体験を企画し実践していきたい。

柴崎聡●グローバルユースビューロー代表取締役社長。海外のネットワークから企画が実現した世界初の「ウィーン・フィルクルーズ」はクルーズ・オブ・ザ・イヤー受賞。シェフや音楽家が同行する旅などオリジナル企画を多数実施。カルチャー&ホスピタリティーを念頭に企画から添乗まで現場で陣頭指揮を執る。

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