三つ子の魂百まで
2022.02.14 08:00
人間はもともと1日2食の生活が普通だった。それを1日3食に変えたのは発明王トーマス・エジソンだといわれている。「どうして素晴らしい発明ができるのか」というインタビュアーからの質問に、自らが開発したトースターを売るために「1日3食食べているから」と答えた。これをきっかけに、天才にあやかって朝食と昼食を分ける習慣が徐々に広まり、その子供たちの世代では3食が一般的になり、世界のスタンダードになっていったのだという。
10年近く前、トヨタ自動車のCMで「免許を取ろう」というキャンペーンが展開されたことを覚えている方も多いだろう。若者の免許保有率が下がっていることに対する危機感がそうさせたことは間違いない。現に20~24歳の運転免許保有率は1988年で82.6%だったが、2019年の保有率は73.2%に大きく下がっている。
経済的な理由や交通機関が便利になったという理由もあるのだろうが、筆者が若者から最もよく聞く理由は「若いうちは必要がないから」だ。確かに社会人になってしばらく経過した25~30歳の免許保有率は同じ期間で87.1%から86.5%と微減にすぎないので、仕事や家庭で免許が必要になってから取得するスタイルに変わってきていることがわかる。
しかし、学生時代から車に乗っている人と、ビジネスや家族の送迎のために乗り始めた人とは車に対する意識は大きく違うはずだ。趣味として車を一生愛でる人を減らさないためには、若い時から車に乗ってもらう必要がある。そのためには1日も早い免許取得が必要だ。トヨタ自動車はそう考えたのではないか。
成人式の前の無料着付け教室や、若者に対するスキーリフト券無料キャンペーンも同じ理屈だ。少しでも早く着物に親しんでもらわなければ大人になっても特別な日に着物を選んではもらえないだろう。若いうちにスキー場に足を運んでもらわなければスキーがレジャーの選択肢に上がることもなく、一生来てもらえないかもしれない。「三つ子の魂百まで」で、若い時期の原体験は一生の行動に影響する。マーケティングによってそれを促進することは、その業界にとって最も重要な要素だ。
では、旅行業界にとっての原体験とは何だろう。家族旅行であれば幼少期の3世代旅行がそれに当たるだろう。友達との旅行なら多くの人にとって修学旅行が最も鮮烈な記憶になっているに違いない。初めての海外が卒業旅行だという人も多いだろう。その人にとっては社会人になっても海外旅行は敷居の低いものになっているはずだ。「旅行好き」という属性はこの時期までにほぼ形成されている可能性がある。
しかし、長引くコロナ禍でこのような節目となる「原体験」旅行は一気に消滅してしまった。このような状況下でも積極的に旅行しようとしている人はもともと定期的な旅行の習慣を持っている人たちが中心だ。海外旅行に行けないからせめて近距離で、グループ旅行ができないからせめて少人数、そういう人たちの代替需要で成り立っているのがいまの旅行業界だ。
ではいま、短期間の遠足と化してしまった修学旅行に参加した子供は将来友達と旅行をしたいと思うだろうか。幼少期に祖父母に連れられた体験のない子供は将来自分の孫を旅行に誘いたいと思うだろうか。学生時代に海外に行き損ねた若者は社会人になって海外旅行に積極的になれるだろうか。
市場への新たな「旅行好き」の供給が細っているのだから、われわれの本当の危機はコロナ後しばらくたってからやってくるはずだ。
永山久徳●下電ホテルグループ代表。岡山県倉敷市出身。筑波大学大学院修了。SNSを介した業界情報の発信に注力する。日本旅館協会副会長、岡山県旅館ホテル生活衛生同業組合理事長を務める。元全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会青年部長。
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