1冊の書に学ぶ 観光業界人の本棚から

2021.11.01 00:00

(C)iStock.com/ferrantraite

長期化するコロナとの闘いに自らのビジネスを見失いそうになることもある。目を凝らさないと見えない遠くの明かりに気持ちが揺らいでしまうこともある。それでも観光の時代は必ずや復活する。その日のためにもいま、1冊の書から明日を拓くヒントを導きたい。

『世界は贈与でできている 資本主義の「すきま」を埋める倫理学』 近内悠太著(ニューズピックス)

 コロナ禍で観光産業は大きな打撃を受けた。人流が抑制され、行きたいところに行き、会いたい人に会える生活が失われた。旅行はおろか遠方の家族や友人にリアルで会うことすら我慢を強いられる。感染対策のため、これまでの前提は見直され、私たちの生活様式も働き方も変化を遂げた。おうち時間が増え、これを機に自分の仕事や生き方を見つめ直した方も多いのではないか。

 本書はお金で買えないものおよびその移動を「贈与」としたうえで、「贈与の原理」を知ることで、世界の成り立ちを理解することを目的として書かれた哲学書である。

 贈与はお金では買えないものを受け取ることから始まり、受け取った者は次の送り手となってバトンがつながれていく。そして、そのリレーは無名性のなかで行われるということが書かれている。いまのこの世の中があるのも、現在私たちが当たり前と思っているものも、先人から受け取ったものだ。受け取ったことに気づいたら、送り手となって次の受け手へ祈りを込めて差し出すということが繰り返され、社会はつくられてきた。そのため、受け手は後になって「あれはそういうことだったのだ」と、それが贈与であったことに気づく。この世の中は贈与であふれ、良い気付きほど他の誰かに渡したくなる。

 一方で資本主義経済は等価交換の世界だ。贈与は資本主義(商品の交換)、市場経済の「すきま」にあるもので、資本主義を置き換えるものではなく、資本主義という「地」があって認識できるものだという。交換という点では本書の中で人間関係における交換の論理についても書かれている。つまりギブ&テイクのことだが、他人を手段として扱うがゆえ、助ける代わりに見返りを求める。裏を返すと、自分に返すものがなければ人や社会とのつながりを切らなくてはいけないという考えにつながり、誰かに助けを乞うことができないというものだ。コロナ禍では社会の分断も取り沙汰されており、人との付き合い方、つながるということの大切さをあらためて考えさせてくれる。

 本書からは社会的存在意義を見直すとともに、「生きる意味」「仕事のやりがい」という金銭的な価値に換算できない大切なものを手に入れるヒントを得ることができる。

 私たちは今後もしばらくウィズコロナの時代を生きていかなくてはならない。旅行はお金には換えられない価値であふれている。感染対策と旅行を両立させ、観光産業が人を潤す産業として、その発展を通じ、資本主義のすきまを埋めることができればと思っている。

【続きは週刊トラベルジャーナル21年11月1日号で】

櫻田あすか●サービス・ツーリズム産業労働組合連合会副会長。1996年帝国ホテル入社。2013年より旅行業・宿泊業・国際航空貨物業の労働組合で構成されるサービス・ツーリズム産業労働組合連合会専従。21年7月より現職。産業の地位向上と労働環境整備に取り組んでいる。

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