じゃらんリサーチセンター・松本百加里研究員が語るインバウンド回復期へのデジタルマーケティング

2021.07.12 00:00

必ずやって来る国際人流の復活に備え、観光地や観光業界はいま何をすべきか。じゃらんリサーチセンターが5月13日に開催したオンラインセミナーでは、そのヒントが提示された。「人が動かない現在も情報は求められている」というセミナーの内容を採録した。

 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により国際的な人流は滞っており、各国が渡航規制を実施しています。そんな中でも情報をデジタル発信する重要性は変わりません。世界ではワクチン接種が本格化する国が増えており、トラベルバブルの形で国境間移動を再開させる例も出ています。

 コロナ下でも人々の海外旅行再開意欲は高く、オンラインでの情報収集は増えています。例えば日本政府観光局(JNTO)が昨年9月に海外旅行経験者に実施した調査では「次の海外旅行を予約済み、もしくは検討中」とした者は5割以上を占め、英国では9割近くに達しました。人々の旅行への意欲は高く、渡航制限解除後を見据えて各国・地域の取り組みも積極化しており、各国で海外旅行が再開した際には旅行先の第一候補になろうとアピール合戦が激化しています。

 人は動けなくても情報は求められているのです。外国人旅行者が海外から日本の情報を収集しようとした時に、観光スポットの情報、営業時間、ルートの回り方、アクセス方法などの情報をきちんと更新し提供できていなければなりません。コロナ後に機会損失を起こさないよう地域情報をデジタル化して最適な状態で維持することが必須です。

 外国人は訪日旅行前にどのような方法で情報収集をしているのでしょう。観光庁が19年に実施した調査によると、出発前に役立った情報源として最も多く挙げられたのがSNSで24.6%、2位は個人のブログで24.4%となっており、ユーザー生成コンテンツ(UGC)がいかに重視されているかが分かります。特に投稿者自身が感動した体験内容や感想、具体的なシーンやストーリーへの注目度が高いのが特徴です。

 したがって、現在の旅行者のカスタマージャーニーである「認知」「興味・理解」「比較・検討」「予約」「来訪・体験」「満足」「推奨」という流れに沿った各フェーズで、SNS情報等と連動しながら日本各地の情報についてデジタル発信していく必要があります。

 では、外国人旅行者に響く情報とはどのようなものでしょう。じゃらんリサーチセンターとソリッドインテリジェンスの共同調査で、米国、英国、オーストラリア、中国、台湾、タイの6カ国・地域を対象に外国人がSNSやブログで話題にしている投稿内容を分析してみました。まず「発信した情報が話題につながる要素」に関して共通する3つのポイントがあると分かりました。

SNS投稿分析で見えてきたこと

 1つ目は複数の都道府県をつなぐ広域ルートに関する情報です。2つ以上の都道府県をまたいだ広域エリアを、どのようなルートや手段で移動しているかという話題です。2つ目が電車やバスなど乗り物や乗り換えに関する情報。3つ目が食べ物・飲み物に関する情報です。

 これら3つのポイントをさらに細かく投稿の具体的内容まで見ると国別の特徴が見えてきます。乗り物や乗り換えに関しては、例えば英国人旅行者はプラットフォームで列車を待つ写真や車中の様子、車窓の景色、駅弁などの投稿が多く、日本で新幹線を始めとする列車や電車に乗ること自体に興味を持っていることがうかがえました。一方で台湾とタイでは、パスを使って広域ルートをどのように効率的に回るのか、行程や価格を提示して具体的な意見交換を行っており、掲示板的な利用方法が定着。「1週間で巡るなら、どんなルート取りがベストか?」や「ジャパンレールパスはどこまで使えるか?」といったやり取りが多く交わされています。

 食べ物・飲み物に関しても国ごとの特徴が出ました。同じ食べ物でも中国・台湾は地域の特徴的な料理に関する内容を、町や店の雰囲気とセットで紹介する投稿が注目され、タイではデザート情報に関心が集まる傾向がありました。

 6カ国共通の3つのポイント以外では、米国、英国、オーストラリアは神社仏閣・城に関する話題が上位にランク。自然や四季と組み合わせた話題、例えば鳥居と海、城と桜、神社と紅葉などが注目を集めています。オーストラリアは温泉や四季、雪との組み合わせが目立ちました。英国はガーデニング文化が根付いた国らしく、日本庭園に関する投稿も多いのが特徴でした。

 中国は温泉への関心が高いようです。それからグローバルテーマ。例えば「世界で一番○○な場所」や「世界でいま行くべき野生動物に出会えるスポット10」、あるいはギネス記録に関わりがある話題の中で世界の観光地に交じって日本の観光スポットが紹介されています。訪日旅行に関する投稿に限定しても日本三大夜景、日本三大市場、桜名所100選などが話題を集めており、数字でまとめたテーマの発信が重要と思われます。

 発信した情報が宿泊アクションにつながる要素は何か。共通の要素は、宿泊施設の内容や夜景・サンセット、展望台・タワーに関する情報の注目度が高い点です。夜の過ごし方がポイントになっているのが共通です。国ごとの違いを見ると、米国は自然に関する話題、オーストラリアは自然に加えアートやミュージアムの話題が多くみられます。具体的には香川県のアートアイランド、直島の投稿が多く、森の中で昆虫を観察できる群馬県の昆虫の森も話題になっていました。

 英国は圧倒的にスポーツやイベントの話題に注目が集まっていますが、これは19年開催のラグビー・ワールドカップの影響があると思われます。例えば大分で試合を観戦するだけでなく、観戦前後に九州全域を楽しむといったケースが多かったことが想像できます。このほか鈴鹿サーキットのF1グランプリ関連の投稿も数多くみられました。

 中国はパッケージツアーに関する投稿が1位でした。中国人旅行者は国際免許が使えずレンタカーが運転できないため、二次交通をセットしたパッケージツアーに関心が集まります。コロナにより少人数旅行が定着しつつある中国市場で、安心・安全な移動手段をセットしたツアーが重要になります。台湾は価格に関する投稿が1位でコストパフォーマンスへの関心が高い。エアライン情報の関心も高く、日本の地方空港を上手に使って効率的に日本旅行を楽しむ姿勢がうかがえます。また、地方空港での過ごし方に関して土産物や空港内で食べられるもの、VIPルーム情報など空港施設関連の情報も盛んにやり取りされていました。

 タイでは質問とそれに対する回答の形で情報がシェアされており、期間限定の訪日格安チケット情報などが多く取り上げられています。

 宿泊予約にひもづくワードを深掘りすると、米国では「旅館」「Japanese」「Old」などの単語が上位にあり日本らしい雰囲気を感じられる旅館や古民家の宿が注目されていると分かります。このあたりはオーストラリアや英国にも共通していますが、オーストラリアはCapsuleといった単語も多くカプセルホテルへの関心が高いのも特徴です。また英国は「荷物」「サービス」といった単語が上位にあり、手荷物配送など快適に旅行するためのサービスを重視する傾向がみられます。

 中国は温泉や日式などの単語が上位で、旅館で和を感じられることがポイントになっています。台湾は「方便」「便宜」「交通」などアクセス利便性やコストパフォーマンスを重視する単語が多くみられ、タイは朝食やブッフェ、部屋からの眺望に関するワードが重視されていました。

将来の来訪を呼び込むために

 外国人旅行者についてJNTOにもヒアリングを行いました。それによるとVisit Japanのアカウントにおいてはコロナ下でも一般ユーザーの投稿は減少しておらず、むしろ応援コメントも多いとのこと。往来が止まった状態の中では、公的情報源への期待が大きいことがうかがえます。各地域の取り組みとしても、公式サイトの情報更新をしっかり行い、外国人旅行者の情報ニーズにしっかり応えていく必要があると考えられます。各地域のリアルな受け入れ状況やイベントの開催日時、アクセス情報などを、必要とされる時にきちんと届けられるということが重要です。

 ユーザーが個人で撮影したSNS投稿写真を引用投稿する際には、例えば宿泊施設や神社仏閣が写り込んでいれば許諾が必要となりますが、コロナ下では外国人向け露出を断られるケースもあると聞きます。しかしコロナ下でも情報発信することは非常に重要です。アフターコロナ期を見据えて地域の自治体や関係事業者と認識をすり合わせながら、なぜいま情報発信が必要なのかを理解し、写真素材や投稿内容の許諾がスムーズに取得できる連携体制を作り上げていくことも重要でしょう。

 今後、強化すべきポイントは、まずは役割の明確化です。DMOや自治体がコロナ下でのデジタル情報発信の意義を理解し地域の民間事業者や住民との合意形成を図り、地域の更新性の高い情報を集約できる体制を整えなくてはなりません。

 カスタマージャーニーに沿った推進をするには、DMOや自治体は地域の魅力を発掘し認知させる情報発信を担い、更新性の高い情報を提供する。観光関連事業者は各事業者の詳細情報を発信して予約や問い合わせ、施設の運営情報、地域の詳細情報などのニーズに応える。そしてJNTOは外国人旅行者が観光を広域で捉えることを念頭に、訪日旅行全般、日本の観光地等に関する情報発信に努める。こうした役割分担を明確にしたうえで連携していくことが大切です。

 いま人流は滞っていますが、人が動かなくても情報は求められています。アフターコロナ期を見据えた国際競争も始まっています。その中で日本が機会損失を起こさぬよう、地域情報をデジタル化したうえで発信に努めなくてはなりません。またこれらの情報は関係各社の連携のもと、外国人旅行者のカスタマージャーニーの各フェーズに沿った形で、いまの日本の最新情報として発信する必要があります。そうした取り組みこそが将来の来訪を呼び込み、宿泊アクションにつながり、最終的には消費獲得につながっていくものと考えています。

まつもと・ゆかり●11年から旅行領域の自治体におけるプロモーション設計、イベント企画、クリエイティブ制作などに従事。宿泊事業者向け業務支援サービスの調査、着地型旅行体験や飲食店のインバウンド領域における商品開発を経て、18年4月より現職。インバウンド旅行者の研究を担当する。

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