ワクチンパスポートが旅行を複雑に

2021.06.21 00:00

 コロナ下で旅行を再開する重要な手段として世界各地でワクチン接種を証明する「ワクチンパスポート」の開発が進んでいる。しかし、それらを統一して世界中で通用するグローバルシステムにするのは容易でない。英フィナンシャルタイムズは欧州や米国などの現状を紹介している。

 欧州連合(EU)は域内の自由な旅行再開のために6月末までに共通のデジタル・グリーン証明書の開発に注力する。しかし域内各国にはそれぞれ異なる旅行政策がある。ツーリズムへの依存度が高いギリシャは5月中旬時点で、ロシア製のスプートニク接種者や中国製ワクチンの3回接種者に隔離なしで入国を許可する。ロシア、米国、英国を含むEU非加盟国からの来訪者にはワクチン接種者あるいはPCR検査陰性者に4月末から入国を許可している。

 デンマークは最も早く独自のデジタルワクチンパスポートの普及を進めている。すでに人口の10%ほどが所持するが、0.5時間で結果が判明する検査で陰性が分かれば、ワクチンパスポートにデータが更新され、市内の博物館やレストランから、サッカー競技場、美容院、屋内バーまで利用できる。屋外の検査場には数百メートルの行列ができるほど人気だ。ただし、国内経済には役立つが、海外旅行促進にはつながらない。

 デンマークは国民全員が自身のID番号とバーコードの健康カードを持ち、スマホのアプリがシステムとリンクする。検査・ワクチン接種センターは、このカードをスキャンして検査結果とワクチン証明を住民のスマホに送信。ワクチンパスポートはワクチン接種から2週間のほか、PCR検査陰性などで14~180日有効となる。

 ドイツ、フランス、エストニアは独自の解決策を開発中だ。フランスは国外旅行に現在の新型コロナ接触追跡アプリに検査とワクチン接種結果を付加する。しかしデンマークと異なり、レストランやバーを利用するためではない。個人の行動追跡アプリに個人情報収集の反発があるからだ。フランスは4月27日にコルシカへのフライトにこのアプリのテストを始め、間もなくグアドループ島など海外領地へのフライトにも適用する。

 EUはハブとなるゲートウエイと域内5カ国のシステムがリンクして、5月から相互に旅行者を受け入れる計画だ。国境で旅行者はQRコードをスキャンすればよい。EUはこのシステムの国際基準化を目指しており、IATA(国際航空運送協会)のトラベルパスとは共通化できそうだ。それとは別に航空会社数社は世界経済フォーラムが賛同するコモンパス利用を推進する。

 米国では連邦政府がワクチン接種を推進してきたが、ワクチンパスポートの実用化を主導する気はない。ワクチンパスポート戦略はバラバラだ。少なくとも17の会社と機関がそれぞれのワクチンパスポートに取り組んでおり、その中でIBMはニューヨーク州で実験中だ。

 ワクチンパスポートには技術的、実際的、倫理的な問題がある。個人情報収集や証明を他人が利用する不正行為も起こりえる。どのワクチンを認めるか、接種は何回必要か。デジタル証明が主流だが紙でよいか。各国には異なるプロトコル、異なる要求があり、旅行者も航空会社も混乱させる。

グループ4●旅行業界と外国政府観光局で永年キャリアを積んできた4人により構成。大学の観光学部で教鞭をとったり、旅行業団体の幹部経験者もいる。現在、外国メディアで日常的に海外の観光・旅行業界事情に接し、時宜に応じたテーマで執筆している。

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