心に響く無料サービス
2020.10.26 08:00
安物買いの銭失いという言葉がある。値段に引かれて買ったはいいが、実際中身がお値段以下で結局損をするという例えだ。一方で嗜好品では時に品質以上の値段とわかっていても購入することがある。人間の虚栄心などの心理が働くからだ。ならば、究極の値段である無料サービスについて、いくつかの実体験からその成功の鍵をひもといてみたい。
当時仕入れ交渉で海外現地取引先を訪問していた帰路でのことだ。乗り継ぎ便のハブであるチャンギ空港にストップオーバー、搭乗までかなり余裕があり空港内を散策していた。ふとFree Sightseeingの看板を発見、通り過ぎようとしたが、好奇心から引き戻し係員に内容を聞いた。政府が行っているキャンペーンで、当時開発中のエリアの視察が含まれている単純な市内往復無料バスという内容だった。これなら時間つぶしにはもってこいとそのまま参加。無駄な土産物屋なども一切付いておらず趣旨も明快、シンガポールは意外に便利な中継地と理解できるなど良い体験だった。
次にネットで偶然発見した健康食品を送料負担のみでお試し可能という物販のケース。お決まりの縦に無駄に長い大げさな宣伝文句の羅列といかにもさくら感満載の利用者体験。送料だけの負担ならいいかと申し込んだ。1カ月、なんの効果もないなか、なぜか追加の商品が請求書付きで届く。依頼した覚えはない。すぐにクレームするも、購入時に月次契約となる旨サイトに記載済みという。すぐにメールで中止を申し入れたが、結局送付された分は払わされた。騙される方が悪いのかと、よい勉強になった。
最後にすっかりおなじみになったネットでの無料体験サービス。あらゆるジャンルで最初の数カ月無料、そのあと有料化というもの。アップルの音楽配信やネットフリックスなどの動画視聴サービスで、ほぼネットのお決まり的サービスとなっている。いいサービスであればそのまま続けたくなるし、嫌ならいつでもやめられる手軽さが親切だ。今後ますます標準的手法となっていくだろう。ものが圧倒的にいい場合は最高のマーケティング手法である。
これらの事例からわかること。まず1つ目の鍵は、本当に良い商品・サービスは状況・条件が合えば、売り手と消費者の双方に良いきっかけになるということだ。逆に悪いものはどんなに無料にしても早晩ユーザーは逃げていくから無料サービスの意義はない。それよりテストを繰り返し、より良いものに仕上げるべきだろう。
2つ目の鍵は、リアルとネットでは圧倒的にネットの方が無料サービスに向いているということだ。初期投資が少なくて済む上、本格販売の展開方法のヒントが見つかることも多い。明確な目的の下で実行される無料サービスは、いまやネット定番のサービスといってよい。あとはどうやって良いサービスを見抜くかであるが、主観性と客観性をユーザーがどうバランスして判断するかの問題だけだ。売り手にとっては、特に自分が消費者だったらそのサービスをどう思うかの視点と真摯な分析が成功の鍵となる。
最近、究極の無料サービスは言葉だと思うことがしばしばある。日本では買い物をすると「ありがとうございました」と過去形で言われるが、欧州では若干違って、さらにもう一言追加される。それは「ありがとう。またね」である。特に「またね」は「また会いましょう」という意味で、必ずこちらの目を見ながらにっこりと言ってくれる。スマイル無料とはいうが、心の入ってないマニュアルの「ありがとう」より、よほど心に響くサービスだと思う。
荒木篤実●パクサヴィア創業パートナー。日産自動車勤務を経て、アラン(現ベルトラ)創業。18年1月から現職。マー ケティングとITビジネス のスペシャリスト。ITを駆使し、日本含む世界の地場産業活性化を目指す一実業家。
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