『ある一生』 コロナ禍の毎日に思いはせ
2020.10.12 00:00

今回は日本で翻訳されるのもおそらく珍しいオーストリアの小説をご紹介。
舞台は20世紀初頭、アルプスの山村。主人公のエッガーは幼い頃に母を亡くし、唯一の身寄りを頼って農場にやって来るが、待っていたのは奴隷のような生活で足にも障害を負う。だが頑健な身体を武器に当時開発が進み始めていた山岳地帯のロープウエー建設に励み、恋した女性マリーと結婚し小さな家まで持つが、雪崩によってすべてを失う。その後、第2次世界大戦に駆り出されロシアで8年(!)の捕虜生活。終戦後は故郷に戻り、すっかり観光化した村で山岳ガイドとなる――。
貧困、戦争、故郷の観光地化と激動の20世紀の片隅で、見方によっては惨めともいえる貧しくつらい人生だが、エッガーはすべて受け入れ生き延び、生活していく。79歳で亡くなるとき、彼は己の歩みをゆったりと振り返る。
「自分のこの一生をエッガーは悔いなく振り返ることができた。乾いた笑いを漏らしながら、そして、大きな驚きに息を呑みながら」
ドラマチックな語りも作者の意見もなく、本人視点で描写されるエッガーの人生。1人の孤独な男の人生に多くの人が心を動かされ、本書は発売後80万部を超えるベストセラーとなり、日本でも版を重ねている。
「人の時間は買える/一生を奪うこともできる。でもな、それぞれの瞬間だけは、ひとつたりと奪うことはできない」。エッガーのボスが彼にかけた言葉だ。長引いているとはいっても、人の一生において、現在のコロナ禍はごく短い期間だ。自分の人生のなかで、この毎日、この瞬間はどんな気持ちで振り返ることになるのだろう。願わくば、満足のいくものでありますように。そんな思いで本を閉じた。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。
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