感謝の継承

2025.03.26 08:00

 3月31日号をもって「週刊トラベルジャーナル」が休刊になるとのこと。大変残念である。創刊から61年にわたり、通巻3447号を積み上げて旅行業界に貢献されてきた偉業に、あらためて敬意を表したい。

 私は20代まで家業の出版の仕事をしており、現在も小さな出版社を家族が経営しているので業界の厳しさはよく承知している。当時2万4000軒以上あった書店は現在1万軒に激減した。活字文化の危機を嘆く声も多くあるが、昨今のテレビ離れなどと同様にメディア自体のあり方が大きく変化しているのだと理解している。旅行業界も同じく「あり方」が大きく変化している局面なので、いままでにない挑戦をしていかなければと自身を鼓舞する日々だ。

 変化の大きな時代であっても、大切なものは変わらず残していかなければならないと思う。私が旅行業界に入って感じていることは、とても仲の良い業界だということだ。いまでも他社の経営者仲間や同業者の友人たちと食事をしたり、家族ぐるみで一緒に旅行に行く機会もある。30歳前後で業界に入った当時、旅行業の知識と経験が全くない私は、大使館や観光局で行われるレセプションに緊張しながら参加していた。トラベルジャーナル創業者である森谷哲也さんはさまざまな会場で私の顔を見ると、「おっ!青年将校、元気か?」と言っていつも声をかけていただき、その場にいる業界の方々を紹介してくださった。お陰で多くの知人を得ることができたことは、森谷さんの気遣いによるたまものだと感謝している。

 旅行の仕事をして30年以上たったが、この仕事のやりがいにも日々感謝している。お客さまから「あの旅の思い出はいつまでも忘れない私たちの宝物です」という言葉を頂く機会が多くある。特に体力的に海外旅行に行くのが困難になった高齢の方々にとっては、日常生活の中でテレビ番組や雑誌、写真などで旅を思い出し再び楽しむことができているようだ。

 数年前、欧州のリバークルーズで何度か旅をご一緒したご婦人が病で亡くなられた。葬儀に参列した出棺の際、棺の中に当社のパンフレットが何冊も添えられているのを見た。「故人はいつも御社の旅を心のよりどころに闘病していました。旅が心の財産になっていたのです」というご家族の言葉で、「旅は心の財産」であるという思いをあらためて強くした。

 仕事を通して世界中に多くのパートナーもできた。個人的に家族ぐるみでお付き合いしている人たちもいる。欧州の人たちが多いが共通しているのは、ホスピタリティーがビジネスの根幹になっているだけあって、「明るい、元気、いつも笑顔」というパーソナリティーの方ばかりだ。素敵なパートナーたちと仲の良い業界、そしてお客さまに感謝される仕事というのは珍しいのではないかと思う。

 トラベルジャーナルが掲げてきた「観光立国を支えるすべての人々に向けて」という毎週の情報発信によって、日本の旅行業界や国際観光事業の現状を多角的に知ることができた。また、2年間にわたり「視座」の執筆という機会を頂いたことで、私自身、自分の思考を言語化する訓練ができた。拙い文章をお読みいただいた読者の方々にもお礼を申し上げたい。

 執筆の最後にあたり、トラベルジャーナルに携わった関係者の方々にあらためて感謝を申し上げるとともに、今後、私自身も仕事を通じてお客さまへの感謝、一緒に働いている仲間たちやパートナーへの感謝、そして業界の先輩方への感謝の気持ちを自らの努力と貢献を通じて、次世代へつないでいきたいと気持ちを新たにしている。

柴崎聡●グローバルユースビューロー代表取締役社長。海外のネットワークから企画が実現した世界初の「ウィーン・フィルクルーズ」はクルーズ・オブ・ザ・イヤー受賞。シェフや音楽家が同行する旅などオリジナル企画を多数実施。カルチャー&ホスピタリティーを念頭に企画から添乗まで現場で陣頭指揮を執る。

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