欧米で先行するアルコール離れ

2025.03.17 00:00

 杜牧の詩「江南の春」に水村山郭酒旗の風とあり、古来、旅に酒は付き物だった。海外旅行中にパブやバーなどで料金がお得なハッピーアワーを見つけることがあり、その時間の酒場は概して盛況だ。しかし、米国ではアルコールに関する大論争が起き、フランスでもワイン消費量の減少が深刻だとフィナンシャル・タイムズが報じた。

 飲酒を大幅に減らすべきなのか? 適度な量の飲酒は全く飲まないより健康に良いのか? アルコール消費に関する連邦政府の新ガイドラインを巡り米国が2つに割れている。ピューリサーチセンターの調査によると、飲酒経験がある18~34歳の割合は、過去20年間で72%から62%に減少し、多くの若い米国人はすでにアルコール抜きのカクテルになじんでいる。

 アルコール有害説派は広報競争を有利に展開している。ギャラップの調査によると18年に比べ17ポイント増の45%の米国人が、1日1杯か2杯の飲酒も不健康と考え、18~34歳では65%がアルコールは健康に悪いと答えた。飲料データ提供会社IWSRによると、米国の1人当たり純アルコール消費量はパンデミック中にピークを迎えた後、過去22年間で最低レベルに落ち込んでいる。

 米国では自らの判断で飲酒方法を決める人が増え、レストランでノンアルコール飲料を飲む人が普通になっている。飲酒ガイドラインの改定を前に「どんな量でも危険」と主張する者と「適度な飲酒は健康に良い」と主張する双方が政府各省庁に働きかけている。米国では禁酒法を制定した1920年代に逆に酒の愛飲者が増加したうえ、マフィアに活躍の場を与えた。ギャラップの調査では、マリファナを吸う米国人の成人は13年に比べて2倍に増えており、酒を規制すれば麻薬が増える可能性もある。

 ワイン王国フランスは深刻だ。ニールセンの調査によるとワインの総消費が1950年以降80%以上減少している。Z世代が購入する量はミレニアルより上の世代の半分だ。飲酒量の減少や嗜好の変化は世界的な傾向で、嗜好はロゼ、ビール、スピリッツ、ノンアルコールワインに移っている。とりわけ赤ワインの人気が若者の間でなくなりつつあるため存在そのものに関わる問題となっている。ボルドーワイン委員会によれば赤ワインの飲酒量の減少が顕著で、祖父が年間300リットル飲むと仮定すれば、父親は180リットル、孫は30リットルだ。

 業界は主要輸出市場の1つである中国の需要急減と気候変動による収穫量減少への対策に躍起だ。過剰生産と低品質ワインの多さがボルドーのイメージを傷つけているとの認識と、質を優先する若い世代によって低価格帯ワインは将来的に消えるとの予測から政府の支援を得て生産調整を開始している。飲酒パターンの変化への対応として一部の高級ワイナリーは白ワイン、オレンジワイン、低アルコールワインなどの販売に切り替え始めた。

 酒は百薬の長と信じる日本人も多く、飲酒に関する論争は尽きない。米国の新ルールはどうなるだろう。

平尾政彦●1969年京都大学文学部卒業後、JTB入社。本社部門、ニューヨーク、高松、オーストラリアなどを経て2008年にJTB情報開発(JMC)を退職。09~14年に四国ツーリズム創造機構事業推進本部長を務めた。

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