『奏で手のヌフレツン』 壮大な神話のような読了後の満足感
2024.07.22 00:00

円安に物価高、夏休みどころじゃない業界の皆さまも多かろうが、今回はそんな現実からはるか彼方に旅立てる読み応え抜群の大長編SF をご紹介。
舞台は「球地(たまつち)」という凹面の球面世界で、ここに暮らすのは落人(おちうど)という知的生物。地球と同じく太陽が命を育むエネルギー源だが、球地の太陽は複数あり、空ではなく地面を歩く。しかもその移動方法が、太陽と一体化した選ばれし落人“足身聖”たちの足。月は太陽を常に追い、老いた太陽が月に追い付かれると「蝕」が起き太陽は死んでしまうので、落人はそれを防ぐ対策を講じている。
最初は世界の構造が不可思議すぎて「?」マークが頭に浮かびっぱなしだが、読み進み細部が見えてくるにつれ、ページを繰る手が止まらなくなる。
なにしろこの落人たちがいちいち良い。太陽が落とす陽だまりを掬う「陽採り手」、月を音楽で制御する「奏で手」、鋭利な蟹を解体する「解き手」などさまざまな職業があり、どれも危険が多い。体の構造も不思議で、繁殖は単性生殖、痛かったり辛かったりして泣いても、出てくるのは「涙石」で泣くだけで痛そう。苦痛に満ちた暮らしだが、薬は推奨されない。痛いほど苦しいほど「苦徳(くどく)」が積まれ、良き道に導かれるといわれるからだ。
4世代にわたるある落人の一家を軸にしたこの物語。最初は面食らうが、奇想天外な生活の中にある友情や喜怒哀楽、職業への誇り、美味を味わう喜び、家族愛など、身近な感情が織り込まれ、気がつくと落人に感情移入しまくり、クライマックスまで一気読み。
最後に近づくにつれ、怒涛にして壮大な展開を見せる本作。読了後は1つの神話を読んだような満足感に浸れるすばらしい作品でありました。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。
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