『Voyage 想像見聞録』 人気作家各様の個性豊かな旅の世界
2021.07.26 00:00

好き勝手に旅できなくなって、もう1年半である。ワクチン接種が進んだとしても、当分は「思い立ったら旅!」とはいかないだろう。書店では意外と紀行書が売れていると聞くが、わかる気がする。せめて気分だけでもねー。
今回は今だから読みたい本をご紹介しよう。人気作家陣が旅をテーマに短編を書き下ろしたアンソロジーだ。
対馬に生まれた韓国人ハーフで「韓国さん」と呼ばれていた青年が海を越えて旅する「国境の子」(宮内悠介)の切なさと温かさ。劇団の旅公演スタッフとしてトラックを走らせる男女が台湾の空に思いを馳せる「月の高さ」(藤井太洋)の優しさ。地球の自転が止まり、生存のため2つの宇宙船で移動を続ける人類の少年と少女に起きた事件「ちょっとした奇跡」(小川哲)の静かな感動。複雑な家庭で育った少女が、最後の家族旅行で体験した後戻りできない出来事「グレーテルの帰還」(森晶麿)の戦慄。周囲が予告なしに世界のどこかと入れ替わってしまう現象に見舞われた地球でサバイバルする姉弟の物語「シャカシャカ」(石川宗生)の奇妙な味。どれも一筋縄ではいかない想像力に満ちた「旅」の世界だ。
で、ですね。中の一作「水星号は移動する」は、友人でもある作家の深緑野分氏が光栄にも私の何気ないひとこと「宿はその主の旅観が出る」から着想を得て描かれた短編!なんですってよみなさん!小さな宿ほどそこのご主人の旅への姿勢が反映されてる、というのは旅人には共有されている感覚だと思うが、その言葉が物語作家の脳に引っ掛かると、空を駆け巡り客の元に移動する愉快な宿というSF 風味のお話に調理されてしまうのだ。
個性豊かな作家陣の個性豊かな旅の世界。夏の読書におすすめです。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。
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