『ある小さなスズメの記録』 心落ち着かせる著者との共生
2020.12.21 00:00

エサやすみかの不足が原因で希少種になりかかっていると聞くが、それでもなお、われわれ日本人にとってスズメはとても親しみ深い鳥だろう。田んぼや住宅街でちゅんちゅんと鳴いている小さなあの鳥とコミュニケーションがとれるとは考えたこともなかったが、どうやらそんなことはないらしい。
本書は、玄関前に落ちていた(!)スズメのひな鳥を拾ってそのまま12年(!)、スズメが老衰で死ぬまで一緒に暮らした女性ピアニストが書き留めた生活記録だ。時代は1940~50年代、場所はロンドン郊外。世界大戦下、英国もしばしば空襲に遭っていた時期だ。
驚くべきはクラレンスと名付けられたこのスズメの知性と豊かな情緒。著者がわが子のように大事に育てたというのもあるだろうが、道具で遊び、母に甘えるように著者に甘え、被災者慰問で見せる芸も覚え、著者のピアノを聴くうちにさえずりにメロディーさえ加える。著者とクラレンスは、戦火に怯えつつも、親子のような友人のような、きめ細かな関係を育んでいく。
日本の動物を題材にした文学や漫画、映像作品だと動物を過剰に擬人化したり、「泣ける」が前に出てきがちだが、本書が新鮮なのは、クラレンスを愛情をもって育てながらも人と動物というけじめは保ち、冷静に観察する著者の目線だ。犬のしつけにも厳しい英国人だし、お国柄なのかなあ、とも思うが、成長し、成熟し、そして老いて死に近づいていくクラレンスの姿を読者としてもどこか冷静に、尊厳を持った1つの命として見守れるのも著者のこのスタンスのせいかな、と思う。
人とスズメだってこんなに心を通わせて共生できるのだ、ということになんだか心が落ち着く、「いいもの読んだ」という気持ちにさせられる1冊だ。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。
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