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概要

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[PR]時代とともに変化してきたSTBの挑戦  シンガポール政府観光局は1964年、Singapore Tourist Promotion Board(STPB)として開局し、97年にSingaporeTourism Board(STB)と改名しました。 STPBの初年度、シンガポールを訪れた外国人旅行者は9万1000人です。当時は主要マーケットであった欧米に対し、エキゾチックなアジアの国というイメージでプロモーションを展開、今ではシンガポールを訪れる外国人旅行者は1556万7773人(13年)を数え、そのうち75%以上をアジアの旅行者が占めています。この50年間でいかにマーケットが変化を遂げたか、おわかりいただけると思います。 70年代にはメイン・アトラクションの開発とMICEの誘致に取り組みました。70年代前半にはマーライオンが誕生し、ジュロン・バードパーク、シンガポール動物園が開園し、セントーサ島の開発も始まりました。80年代に入ると文化的遺産や歴史的遺産、歴史的地域の保護に活動の重点が置かれ、チャイナタウンやリトルインディア、カンポン・グラムなどの整備が行われました。90年代は、よりライフスタイルやイベントに力を入れた時代ですね。今年20周年を迎えるフードフェスティバルやグレートシンガポールセールなどはその代表的なものです。00年代になり、04年に発表したのが10カ年観光開発計画ですが、この計画の下、08年にはシンガポールフライヤーが開業、10年にはマリーナベイサンズとリゾートワールドセントーサの2つのインテグレート・リゾートがオープンしています。魅力的かつ地元の利益につながる観光素材を開発  我々が常に目指してきたのは、新しいもの、他とは違う体験を提供することです。例えば、シンガポール動物園が檻のない動物園として開園し、1990年に世界初のナイトサファリを始めたこともそうですし、ユニバーサルスタジオがシンガポール独自のライドを18も備えていることも、その一例で海外渡航自由化50周年を迎える今年は、シンガポール政府観光局の創立50周年にもあたる。50年間の歩みと今後の展望について、シンガポール政府観光局のジェラルディン・ヨウ北アジア局長に話を聞いた。す。F1も同様で、ナイトレースですので他国とは違った雰囲気を味わえますし、期間中はワールドクラスのアーティストのライブも無料で楽しめます。 また、我々の活動は旅行者だけでなく、シンガポール国民にも楽しんでもらえ、彼らの利益につながるものでなくてはなりません。インテグレート・リゾート(IR)についても、地元の方にはIRのコンセプトを、カジノはリゾートのほんの一部であることを説明し、広く了解を得ました。我々はより多くの外国人旅行者の誘致を目指していますが、小さな国ですので、混雑や渋滞で国民や旅行者がストレスを感じる環境に陥らないよう、注視する必要もあります。現在、ホテルの平均稼働率は80%強で問題のないレベルですが、交通ネットワークの拡張やホテルの客室は十分となるよう将来に向けて準備をしています。日本とシンガポールが共に歩んだ50年  1970年に大阪万博出展の準備と日本市場調査の目的を兼ねて準備室を設置し、その後、東京で日本支局を開局しました。当時から日本はアジアの主要マーケットであり、それは今も変わりません。 日本人旅行者は冒険心に富んでいシンガポール政府観光局www.yoursingapore.comて、いつも新しいもの、他とはちょっと違うもの、そして単に安いものではなく価値のあるものを探しています。そうしたなか、日本のお客様にシンガポールならではの魅力を発信し、数ある選択肢の中からシンガポールを旅先に選んでもらうことは、我々にとってのチャレンジでもあります。日本の海外渡航自由化とSTB開局が同じ年であることは素敵な偶然だと言えるでしょう。過去50年間にわたって日本とシンガポールの旅行業界が良好な関係を築きながら、共に歩んできたことはとても喜ばしいことだと思いますし、今後ずっと良好な関係が続いていくことを願ってやみません。ジェラルディン・ヨウ氏に聞くシンガポール政府観光局50年の歩みシンガポール政府観光局 北アジア局長ジェラルディン・ヨウ氏テレビ局、新聞社でジャーナリストとして勤務後、05年にSTBに入局。ブランディング、メディア対応、イベントの戦略的管理と運営などを広く担当する。13年1月から現職。PROFILEトラベルジャーナル50周年 特別インタビュー