ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play
  • Available on the Windows Store

概要

TJ20140616_BN

12 TRAVEL JOURNAL 2014.6.16 いぐち・ともひろ●1973年生まれ。2005年に家業の旅館を全面改修し、越後湯澤HATAGO 井仙を立ち上げる。08年に雪国観光圏を設立し、13年に代表理事に就任する。雪国食文化研究所も経営する。月に地元の旅館経営者のメンバー8人とドイツとオーストリアへ視察研修に行ってきた。今年で延べ7回目を迎えた海外視察の目的は、先進観光地のホテルや観光協会を訪ね、地域づくりを学ぶことである。 きっかけは、越後湯沢によくお越しになる外資系金融機関の支店長との出会いであった。「君たちがこれからの越後湯沢の将来を考えていくのであれば、ぜひヨーロッパの山岳リゾートで1週間滞在してみるといい」。同氏からフランスの山岳リゾートであるシャモニーを勧められ、現地でアルプ・プランニング・ジャポンという旅行会社も経営する神田美智子さんを紹介いただいた。シャモニー在住26年というヨーロッパアルプスのスペシャリストである。 神田さんの案内で私たちはシャモニーに1週間ほど滞在をした。市内の博物館や観光施設を見学し、天気の良い日は標高3000mの山々を歩いたり、町中のカフェでゆっくりと過ごしてみた。ひとつの町に長く滞在することで、その町の暮らしが見えてくる。早朝にパンを買う主婦や仲良くベンチでくつろぐ老夫婦。半日単位で何カ所も回るツアーでは感じることができない町の姿が見えてきた。 私たちは神田さんに通訳をお願いし、地元の観光協会や市役所、ホテルオーナーなどのミーティングも行った。実際の観光事業に携わる人の生の声を聞くことで、町の仕組みや地域の人の想いも知ることができた。その話の中で特に印象に残ったのが、シャモニー観光協会のベルナルド・プルドーム会長にお会いし、シャモニーの戦略について伺った時のことである。 「シャモニーはシャモニー以外のなにものでもない。シャモニーの氷河や山の景観こそが地域の財産であり、われわれ観光協会の最も重要なミッションは、この自然を守り続けることだ」と話してくれた。「地域の自然を守る」という明確な理念のもとで、その理念を持続的に発展させていくために観光産業があり、その手段としてプロモーションが存在するということに、深い感銘を受けた。 それ以来、旅館メンバーと一緒に世界中の山岳リゾートを旅した。ニュージーランドのクイーンズタウン、オーストリアのチロル地方、スイスのツェルマット、ドイツのガルミッシュ・パルテンキルヘン。どこの観光地に行っても、必ず市長や観光協会会長とお会いしてくる。そして常に印象を受けるのが、地域に対する深い愛情であり、地域づくりのために観光産業が存在するというぶれない信念である。 海外からの観光客が増えたとはいえ、日本の観光地は海外の観光地と比べるとまだ数段立ち遅れていると思う。キャンペーンやイベントなど目先の「戦術」は存在しても、地域を磨き上げていくため「理念」や、それを持続的に発展するための「戦略」が欠如していては、本物の地域を作ることはできない。安易に道路の拡幅工事で伝統的家屋が取り壊されたり、美しい田園風景の真ん中に大きな案内看板が立ってしまうことなど、あってはいけないことだ。少なくとも観光地と呼ばれる地域においては。 観光地域づくりにおける理念を地域で共有していくためには、多くの時間と労力を必要とする。しかし、先進観光地の生きる姿をみんなで感じ、またそこに住む人たちと話し合いをすることは、地元で会議を100回繰り返す以上に共有が図れるのではないかと思う。視察にはそれだけの価値がある。本物の観光地域づくりを目指すのであれば、理念を共有するために旅へ出かけてみてはいかがであろうか。100回の会議より1回の視察旅行4文・井口智裕〈いせん代表取締役〉視座(次回は7月14日号に掲載します)