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概要

40_1964-2003

この氷河期の経験が次代を拓く梶明彦Иヵ′ヵ′ヵθκ´′′1945年生まれ。69年慶應義塾大学法学部卒業後、日本航空入社。国際旅客本部営業部長、同企画部長などを経て、97年取締役九州地区担当・福岡支店長、01年常務取締役旅客事業担当。03年6月から現職。ジャルバック代表取締役社長梶明彦氏渡航自由化後の40年間に、海外旅行市場は3回の大きな成長期を経験した。第1成長期は渡航自由化後の最初の10年間。しかし、第1次オイルショック以降は海外旅行業界が初めての氷河期を経験した。その後、再び成長軌道に戻った海外旅行は一時的な低迷があったものの、90年代初めまでを第2成長期ということができる。それが湾岸戦争で再びつまずき、続くバブル崩壊の影響もあって2回目の氷河期となる。その後94年から過去最高の海外旅行者数を記録する00年までは、ハイスピードで市場が拡大した第3成長期に当たる。そして01年以降、海外旅行は3度氷河期を迎えることになった。「ゼロ」の遺伝子がいまや強み海外旅行自由化とともに誕生したジャルパックは、第1成長期にあっては市場の開拓者として十分に力を発揮した。「ジャルパック」というパッケージツアーの形態そのものが海外旅行需要を掘り起こしただけでなく、「ヤング」「スイート」「ゴールデン」などターゲット別商品を投入することで、それぞれ若者、ハネムーナー、熟年などの市場を開拓し、多様性あるマーケットを育てた。その後の氷河期の間にも、次なる成長に資する商品開発は怠らなかった。時期尚早だった面はあるにせよ、個人旅行を意識した「ゼロ」や毎月新たな切り口で商品展開する「マンスリースペシャル」などの商品は、市場の半歩先を進むことでその後の第2の成長にも貢献した。さらに航空会社を軸とするホールセーラーとして、デスティネーション開発にも大きく貢献してきたと自負している。十数回にわたるハワイキャンペーンをはじめ、グアムやヨーロッパなど1回数億円を投じた航空会社のマーケット開発努力を、旅行商品の形で具現化した。90年代にもバリ島やベトナムのキャンペーンなど、アジアの重要デスティネーションを育てた。総じていえば、00年までの30数年間は海外旅行は'I頂調で、ジャルパックも十分に役割を果たし、力を発揮してきたと評価できる。いま、われわれが直面している氷河期は、量的な氷河期のようにみえるが、実は市場の質的転換点であることがより重要だ。市場の成熟化、多様化、個人旅行化という変質を考慮しつつ、この氷河期に何を準備するかで、次の第4成長期に成功できるか否かが決まるだろう。変質する市場と旅行者に先行して商品開発を進めるのは尋常でない難しさが伴うが、常に開拓者精神を持ち続けていれば、これを突破できると信じている。パッケージホールセーラーでありながら、アンチパッケージの「ゼロ」に挑戦した遺伝子がジャルパックには息づいているし、そうした経験も財産となっている。ホールセーラーの成長は可能ホールセーラーの存在意義の低下を指摘する声もあるが、そうは思わない。成熟市場では価格だけでは勝てない。プラスアルファの価値が必要だ。特に旅行は無形の商品だけに、価格だけでないプラスアルファ、つまりは安心・安全を含む品質への信頼が求められる。ジャルパックが提供する商品だから安心という、いわゆるスクリーン効果の価値だ。そう考えれば、不安・不確実な時代だからこそ、一段とホールセーラーの価値は高まるはずだ。また、海外旅行FIT化が進む団塊の世代も、10年ほどのうちにパッケージに回′り吊してくる。身を委ねているだけで快適に海外旅行を楽しめるパッケージツアーに、60~ 70代になったとき、必ず帰ってくる。ホールセーラーは絶えず変化が求められはするが、将来的にも成長が可能な分野だと考えている。観光立国への道 43Visions for Tourism Industryt―寵月ヽL撃