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概要

35_1964-1999

E VV′ ノr ヽヽ1DHELTIRいムーブメントの旗手たち念暇市場にもビジネスを拡大していく。これからは社会貢献への取り組みも必要近畿日本ツーリスト渋谷営業所(現クラブツーリズム事業本部)は、新聞に半2段分のスペースに、「カナダツアー」を掲載し、メディア販売のスタートを切ちた。今からちょうど20年前、1980年7月のことである。「当時、渋谷営業所では、販売の核となる戦略を打ち立てる必要に迫られていました。前任地の地方営業所で既に新聞によるメディア販売で実績を上げた経験があり、首都圏の市場や環境を考えれば必ずや成功するだろうと考えたのです」。当時は、高価格で豪華なパンフレツトを店頭に並べ、消費者の来店を待つ第一ブランド主流の時代であつたが、媒体を中心とした販売でそれに対抗するには価格訴求の量販体制、 つまり「少品種大量販売」を継続させることができるかがポイントであった。「新聞社と長期契約をし、次第に広告出稿量を増やしていった。最盛期には年間33億円、1日の夕刊だけで5o段を超える日もあったほどで、とにかく大量販売を目指した」。後を追う旅行会社も増え、競争も激化したたが、それも程なく淘汰されていった。一方、83年10月から、旅行参加者の再販を目的として会員誌『旅の友』のタブロイド版を発行。クローズドマーケットの育成にも力を注いだ。そして、バブル崩壊を境に新聞募集の効率低下を契機として、戦略の大転換を行った。いわゆる″第2の創業″「クラブツーリズム」元年として、これまでのオープンマーケットからクローズドマーケットヘの大転換を行った。同時に、これは新聞広告を中心とした量の戦略から、会員を重要視する質の戦略への転換でもあった。背景には100万人を越える顧客データベースの構築があり、ビジネスとして軌道に乗せられる読みがあったのである。このように量から質への時代転換に合わせていち早く業態を変化させ、時代の潮流を読み取りながら、常に先手を打ってきた。「これからの高齢化社会を考えて、クラブツーリズムは旅行業から余暇創造産業になることを目指している。そして、バリアフリーや発展途上国支援など、社会貢献にも取り組むことが我々企業として益々大切なことになってくるはずだ」。時代変化を鋭く読んだメディア販売の草分け高橋秀夫氏近畿日本ツーリスト常務取締役クラブツーリズム事業本部本部長たかはしひでお1938年生まれ。近畿日本ツーリスト入社。71年から仙台、盛岡,八王子所長を務め,80年渋谷営業所所長。新聞を主にメディア販売を推進し,東京メディア販売事業本部の牽引役として活躍。取締役東京メディア販売事業本部本部長を経て98年から現職。海外旅行発展の節日節日で大きな役割  際化は地域経済の活性化を果たしてきたのがチャーターである。自由化の1964年には初の海外チャーターが飛び、その幕を切って落とした。68年に羽田の夜の駐機時間帯を利用して台湾ヘバックツーバックの″夜這い″チャーターが実施され、海外招待旅行の人気に火を付けた。70年、BA定期便のうち、年間52便を一括購入するプロックオフ・チヤーターによって、旅行業界が価格イニシアチプを握る海外旅行が初めて実現した。さらに翌71年には、当時最大級の輸送力を誇つていたDC‐8ストレツチャーを使らたホノルル・チャーターが登場、1座席当たりのコストを下げ、低価格・大量販売への先鞭をつけた。そして78年にITC (包括旅行チャーター)が認可され、地方空港国際化と地方発海外旅行の普及と大衆化に大きく貢献した。チャーターを熟知し、かつて旅行会社でチャータービジネスに辣腕を振るってきた山田氏は、「当時のチャーターを、今の安売りやバッタ商法と混同してもらつては困る。例えばITCによる地方空港国に旅行業界と言うより経済、政治、社会レベルでも注目された」と指摘する。さらにチャーターの本質的な意義について「かつて海外旅行は、ある面、航空会社の座席処理が目的だった。逆に旅行者がどんな価格で、どんな日程なら旅行したいのか、それを旅行会社が吸い上げ商品化する手段はなかった。しかしITC出現により、それが可能になった」と説明する。すでに近畿日本ツーリストの子会社「ハローワールド」でウェットリースにより「客の行きたい所へ飛行機を飛ばし、旅行商品を作る」ことを実現しようとしていた山田氏が、ITC登場を機に国際線進出を積極化する全国空と組んで「ハローワールド」をより強力な旅行造成工場としたのは、「チャーターこそ、旅行者が値段を決めるツアーが,l r能」な当時唯^の運賃手段だったからだ。現在、航空会社と旅行会社による「価格イニシアチプを巡るバトル」が新たな節日を迎えている。「航空会社が直販を積極化する中で、旅行会社が主導権を確保するにはコミッション自由化が必要。そして旅行会社はコミッションの範囲内で競ヽ争する。航空会社に安いレートを″おねだり″することで成立する今のような競争をしている限り、旅行会社は本当のイニシアチブは握れない」のである。消費者ニーズつかんだ旅行会社主導の商品作り.それがチャーターだった80年代チャーター展開で旅行業の新たな可能性を示した山田學氏海外旅行総合研究所代表|こも」o ゎ■だ■ハ穴ヾ当L1934年生まれ。慶応義塾大学卒業後,近畿日本ツーリスト入社。1 航空旅客営業部長などを経て72年全日空ワールド(当時ハローワーk ルド)常務取締役就任,85年代表取締役専務、87年同副社長などぃ. を歴任。99年3月退任し海外旅行総合研究所を開設。98年12月旅1手上 行産業経営塾塾長就任。39|ゲ●1護ヽ‐弯・ J「靱どノ醸En一園