ブックタイトル30_1964-1994

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概要

30_1964-1994

【旅は世につれ,世は旅につれ】西海岸線の運航形態が出来上がった。ヨーロッパ線では,70年に開設されたモスクワ経由のパリ線が北回りに比べて2時間以上も短縮され,ビジネス特急便として人気を集めるようになる。その一方,アジア・中近東1%6市を経由していた南回り線も依然,人気が高く,ビジネスマンの貴重な足となっていた。香港線を延長する形で就航都市を増やしてきた東南アジア線はジャンポ機などの導入で,シンガポール,クアラルンプール,バンコクヘの直行便化を果たし, また大阪や名古屋,福岡,鹿児島など地方からの路線開設が澪責極的に進められた時期であった。レ1986年東京/マドリード線がイベリア・スベイン航空によって開設されたなった。86年のJLとカンタス航空によるオーストラリア線開設をはじめ,88年にはヴァリグ・ブラジル航空,タイ国際航空,89年にはカナディアン航空,スイス航空,イベリア航空,ニュージーランド航空,そして90年のエールフランスなど各方面で活発に行われた。86年には日本の航空規制緩和を受けて全日空(NH)が国際定期航空に進出,グアム, ロサンゼルス,ワシントン線に続き,87年には大連経由北京,香港,シドニー線を次々に開設した。88年はソウル線開設のみだったが,89年にはバンコク,ロンドン,サイパン線を自主運航路線として開設したほか,スカンジナビア航空とのストックホルム線,アエロフロート,オーストリア航空との3社共同によるウィーン線など共同運航便による新路線開設を行うなど,NHの国際路線展開は80年代後半に一気に広がった。その後も,ブリュッセル,クアラルンプール,パリ,ニューヨーク,シンガポール, フランクフルト,上海の各路線に就航を果たしている。一方,日本エアシステム(JD)も88年に国際定期路線に進出。東京/ソウル線を皮切りにホノルル線,シンガポール線を開設しており, 日本の国際航空は複数企業制の時代となった。ハ 90年代に入ると, 各路線で`月辱糸合バランスや運航効率が悪化しだし,路線の統廃合・整理が始まる。JLでは北回りのハンブルク,デュッセルドルフ線力増肖え,南回りも最後まで残っていたアテネ線カシヾンコク折り返しに。そして91年10月にはヨーロッパ線の基礎を作ったアンカレジ経由線が全便シベリア経由に変更さ,に北回り線は廃止された。またオーストラリア線も路線整東京・マドリード線就航第一便理でQFとの共同運航が廃止となり,JLの国際路線展開は新たな時代を迎えることになった。主要路線をノンストップ便化航空路線網もリストラの時代に1980年代は,ビジネス需要と観光需要の急増を背景に, きめ細かい路線展開と主要路線でのノンストップ便化が大きな特徴となる。83年にニューヨーク線,86年にはシカゴ線,そして待望のパリ線がノンストップ便化される。その後もロンドン線,フランクフルト線がノンストップ便化されている。逆にこの頃になると南回り線は急速に衰退し,北回り線もビジネスマンに敬遠され始め, ヨーロッパヘはシベリア上空通過のノンストップ便が主流になった。もうひとつ,「ハブ&スポーク」という新しい路線展開の方法力斗釆られ出したのもこの頃で,当初はアメリカの国内線の運航効率を高めるために生み出されたものだが,次第に世界的な路線編成の大きなエポックとなった。特にアジアやヨーロッパでは,その拠点となるハブ空港化を目指した空港整備が各地で行われるようになった。また,相手国のゲートウエイ都市から他都市や第3国への運航を行う第5の自由(以遠権)力編忍められるようになり,84年のロサンゼルス経由リオデジャネイロ線や86年のシアトル経由のアトランタ乗り入れなどが実現している。さらに, 日本への新規乗り入れや増便を要求する外国航空会社が多い中で, 日本企業の輸送力増加と新路線開発,i機材。人員の有効活用などを両立させる方法として共同運航便方式力淋責極的に採用されるように航空業界の経営悪化が大きな問題となり,リストラが進められている現在,JL国際線の路線展開は,収益向上に的を絞った路線再編成を余儀なくされている。その具体的な柱が不採算路線の統廃合と,運航効率が高くなる直行便化である。例えは91年冬から寄港が休止されたシアトル,コペンハーダン,デリーの場合を見ると,シアトルは需要の落ち込みはないものの,シアトルヘの旅客が少ないことから直行便化に。コペンハーゲンも同様で日本:からの北回りでは最も近いヨーロッパの玄関都市だったが,直行便化で需要が減少し経由地の使命を終えている。デリーの場合は, 日本人旅客が少なく通過客が多いのが寄港休上の理由だが,アジア方面では好調な路線が目立っている折,増便に踏み切っている路線も少なくない。93年には好調なジャカルタ線,クアラルンプール線の直行。大型化などを実施している。また,93年には東京/ミラノ/ローマ線の自社便による開設や,アムステルダム線の増便も行った。逆に,他社機材による共同運送便のうち,パペーテ線やモスクワ/マドリッド線など採算の合わない4路線は整理している。今年は関西国際空港のオープンによる新路線開設がツ主目されているが,いずれにしても,運航効率=採算を重視した路線計画が今後の大きなポイントになってきている。65●