ブックタイトル30_1964-1994

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概要

30_1964-1994

◆ 旅行業界1994 ◆まず,オペレーター業界の全体像を把握しておこう。社団法人日本海外ツアーオペレーター協会(OTOA・矢島勝美会長)の加盟正会員会社は,1993年7月調査で123社に及ぶ。同協会の会員構成は,正会員(海外地上手配業務を行う日本法人, または日本国内に登記している外国法人)と賛助会員(同協会の目的に賛同じ,賛助する海外の法人および団体・個人)に分かれ賛助会員は263社に達する。協会全体の就労人員は1900人から2000人前後の規模に上る。加盟各社の企業規模は,資本金1000万~2000万円が34社(29.6%)と最も多いが,加盟全社の平均では2163万円となっている。社員数も6~ 10人が31.3社と全体の32.3%を占めているものの,全体平均では15.9人となっている。各社の社歴を見ると,創業10年前後が多く,比較的に若いことが分かる。こうして見ると,ツアーオペレーターの業態は中小規模と言える。これに海外滞停そ要こ市而〈フ直手配増大の谷間で9現地の旅行手配を専業とするツアーオペレーターは,総体的な需要停滞,旅行会社の支払いサイトの延長,一方では大手各社現地法人による直接手配の増加が,ランド手配の取り扱いを減らす。こうした苦況の中で,今こそ優れたランド商品の出現が期待される正念場だ。のローカルスタッフを含むと,ほぼ倍増(約4000人)するものと見られる。また,正会員各社を手配地域別に分けると,アジア52社,欧米34社,豪州・中南米などその他34社となっており,その手配地域は59カ国117都市にも及ぶ。過去にさかのぼって,OTOAの源を探ると誕生は1974年。運輸省と日本旅行業協会(JATA)の要請に応え,主要オペレーター14社による「海外ツアーオペレーター協会」(OTOA)が発足した。初代会長に緒方正信氏(ITC)が選任されている。その後,徐々にOTOAは組織の拡大を図り,89年の定例総会の席で「日本海外ツアーオペレーター協会」への改称が決議された。2年後の91年には運輸省から社団法人の許可を受け,現在に至っている。ツアーオペレーターが行う海外地上手配業務は,観光渡航自由化以前の1960年初頭から産業視察ツアーを対象に行われている。1960年にはアメリカのアルバートセン,続いてオーバーシーズ。トラベル・カンパニーが日本支社を開設。翌年にはオラングのリゾーネ・リンデマン,スイスのホテルプランがそれぞれ日本にツアオペの旅行づくりが必要おける営業を開始しており, 日本の旅行代理店の委託を受けて旅行手配を行っている。したがって,この時期におけるランド手配は外資系オペレーター主導による傾向が強かったのが特徴であった。また,地上手配を行うため「ランド・オペレーター」とも呼ばれる。不良債券処理と支払い遅延が悩み今,この業界も経営環境の悪化に直面している。なぜなら,不況による旅行商品の販売不振はオペレーターの懐を直撃するからだ。ツアーオペレーターが行う海外地上手配業務は,旅行会社からの受託業務が中心となる。したがって,発注する旅行会社の商品の売れ行きの好調・不調の波は,直接にオペレーターの収益に跳ね返る。湾岸戦争に続く,複合不況に伴う海外旅行の需要停滞は大きな影響を与えている。1983年に起きた業界大手の欧州エクスプレスの倒産は,協会員にショックを与えた。その原因が本業以外の不動産投資による破綻であるにせよ,バブル崩壊以降の経営環境の悪化は,徐々にオペレーター業界を圧迫しているのが現状である。これに加えて,悩みのタネが,累積する不良債券である。OTOAが93年4月に実施した「不良債券実態調査」では,被害を受けた45社の総額は2億8193万円,208ツアーオペレーター総数120社2000人規模