HOME » Promotion & Campaign »

リリース日:2017年5月19日

祝! 東京~モスクワ直行便就航50周年、アエロフロート・ロシア航空

Check
  50年前の1967年4月17日、アエロフロート・ロシア航空(SU)はTU114型機でモスクワ~東京間の定期旅客便、第一便を運行(4月18日に東京着)。この日は日露関係の歴史に深く刻まれた。
この歴史的運行の、実現までの道のりは容易なものではなく、両国間の複雑な交渉を経て1966年1月21日、日本とソ連を結ぶ直行便に関する政府間合意が締結された。これにより、従来の北極上空を経由するルートよりも2500Km短い「空のシベリア幹線」、ヨーロッパとアジアを繋ぐ最短航路が開通された。新しい航空路線は燃料と時間の節約という経済的利益をもたらしただけではなく、緊急着陸も可能な空港のネットワークを持つロシア大地の上を通るために、氷が覆う北極洋上を飛行する従来の北極航路よりも安全性が高いルートとなった。
 
 当時、世界最大の旅客機TU114型機はSUとソ連の誇りであり、総馬力数6万に達する4つのターボプロップエンジンを搭載。無着陸で大陸横断飛行を成し遂げた。しかしながら、都心に近く混雑を極める羽田空港に、このような巨大旅客機を着陸させるのは容易な技術ではなく、1966年8月10日にはテスト飛行を行い、ソ連の操縦士と乗組員たちは熟練の技を見せ、日本側も着陸した旅客機を拍手で迎えた。この出来事は旧ソ連と日本間の交通路の発展における躍進になっただけでなく、両国の政治的歩み寄りにも少なからず貢献したといえる。当時の日露間の関係は複雑なものであり、SU運行という事実は両国に存在した困難を乗り越えて、経済的、文化的、そのほかの様々な分野での関係を発展させる、現実的な可能性があることを示した。就航当初、SUは日本航空(JL)と共同で運航していた。日本側はソ連側の航空機をレンタルし、パイロットはソ連側、客室乗務員は日本とソ連の混成で、利益と経費は双方で等分されていた。あれから50年、現在、SUは東京~モスクワ線を単独で運行している。
 
 昨年12月のプーチン大統領訪日の際、日露間における人的交流の拡大に向けた方策の一つとして、2018年に「ロシアにおける日本年」及び「日本におけるロシア年」を相互に開催することで一致し、開催に係る政府間覚書が署名された。「ロシアにおける日本年」の開催により、2018年にロシアにおいて、政治、経済、文化、科学、教育、青年、スポーツ、自治体間交流、その他の分野において日本を紹介する行事が広く行われ、日露の二国間関係の更なる発展に寄与することが期待されている。そうした状況から、今後、SUの利用にもますます拍車がかかるものと思われる。これからの50年、両国の架け橋としての役割の成功を祈念したい。

先ごろ、SUは東京にて日本就航50周年の記念レセプションを開催。旅行会社をはじめ、関係機関、スカイチーム・メンバーなど大勢の人が参加して祝った。


▲写真:記念レセプションで挨拶するSU日本・オーストラリア支社長のアレクセイ・A・スシュコ氏。スシュコ氏によると、2016年の成田路線の利用者数は、過去最大の16万5000人。日本人が6割を占め、ロシア国内や欧州への乗り継ぎ利用も多いという。50年間のSUの軌跡を振り返り、これまでの協力に感謝の意を述べた。


▲写真:来賓を代表して、国土交通省 航空局(国際)担当大臣 審議官の松本大樹氏が登壇。祝辞を述べるとともに、2月に日本政府観光局がモスクワに事務所を開設するなど、ロシアは日本の観光にとって大きな魅力ある重要な市場として位置付けていることなどを紹介した。


▲写真:乾杯の挨拶をする日本旅行業協会(JATA)の志村格理事長。さらなる50年に向けての発展を祈念して、「ザ・ズダローヴィエ!(乾杯!)」の発声を行なった。


▲写真:会場内にはこれまでのSUのポスターやモデルプレーンなども展示された。



▲写真:レセプションの途中では、アエロフロート・ロシア航空のCAが歴代の制服を着用したファッションショーが行なわれた。