Travel Journal Online

かけめぐる

2025年3月27日 8:00 AM

 本稿でこの「視座」も最終稿となる。13年から12年間、月約1本のペースで書き続けた。その間に仕事も肩書もちょいちょい変わり、いつかは終わるだろうと気楽に構えていたのになぜか続いた。しかし、全く予想だにしなかった本誌の休刊という形で最後を迎えることとなった。

 専ら海外旅行(アウトバウンド)の専門誌の色が濃かった時代からの本誌とのお付き合い。一方でその専門性が少々狭いのではないかとも感じていた若かりし頃。当時、エアラインや政観の人事異動が大々的に報じられる誌面の中にはツーリズムビジネスの狭い縦割り感があった。それを自ら改め「観光立国を支えるすべての人々に向けて」と、総合産業たるツーリズムビジネス全体を網羅する業界誌へと変貌。いまでは幅広く観光産業全体の横串としてジャンルを問わずさまざまな課題に目を向け続け、その役割も大きかっただけに残念としか言いようがない。

 トラベルジャーナルが産業全体を網羅していたことを示すように、本当に多くの方にこの「視座」をお読みいただいた。旅行業界は言うに及ばず、行政のトップや地域DMOの方々まで、お会いする都度「読んでますよ」と声をかけてくださった。編集部を通じ読後のコメントを頂くこともあった。プロの物書きではない私のたわ言に貴重な時間を取らせるのは恐縮ではあったが、そうした声を聞くにつれその時その時の業界を取り巻く環境を直視し、記録に残すのが社会的使命のようにも感じるようになり、自分自身の人生や仕事を月1回棚卸しするという作業の尊さも知った。

 書いたコラムは140本を超えた。読み返せば駄文もあれば、われながらよくそんなこと思いついたな、と自分を褒めるものもある。何らかの形でまとめられればとも思うがとりあえずはここで一度幕を引く。長い間お付き合いいただいたことに心から感謝申し上げたい。

 人生は旅によく例えられる。かつては水をくみに行くのも獲物を求め狩りして歩くのも旅。山賊や追い剥ぎのリスクがありながらも、一生に一度はと夢見た日本人の旅の原点たる江戸時代のお伊勢参り。その頃と人々の旅心は変わってしまっているのだろうか。まだ見ぬもの、知らないものや人を知りたいという気持ち。それによって自らの心を、人生を豊かにしたいという切なる願い。交通機関が高速化し、大量輸送できるようになり、予約手段がIT化したいまでも何も変わらないはずなのに、旅する人々の気持ちに向き合うことを躊躇してきた私たち。

 世界情勢が混とんとし、日本の地方が消滅の危機に瀕しつつあるいまこそ、人が旅に出ることの意味をかみしめ、そこにビジネスとしてどうコミットしていくか、ビジネスを超えて旅のチカラをどう社会へ訴えていくかという根本的な課題に向き合わなければならない。ツーリズム産業の行く末は、旅に出る人々とそれを迎える地域の気持ちにいかに寄り添えるかにかかっている。もう「視座」で訴えることはできないが、そのことを繰り返し伝えていかなければと思う。

 「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」(月日は永遠の旅人であり、来ては去り来る年もまた旅人である)と、紀行文のはしりともいわれる「奥の細道」を書き出した江戸時代の俳人・松尾芭蕉。46歳で日本一周の旅を始め東北から北陸を歩き、51歳で途中大阪で病いに倒れた。最後に詠んだ句は「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」。旅に生きたといわれた芭蕉の旅すらわずか5年。コラムと過ごした12年はそれより長かったが、私はもう少し旅を続けようと思う。行く先は枯れ野かもしれないけれど。

 夢はかけめぐる。

高橋敦司●JR東日本びゅうツーリズム&セールス代表取締役社長。1989年東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。2009年びゅうトラベルサービス社長、13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長、17年ジェイアール東日本企画常務取締役チーフ・デジタル・オフィサーなどを歴任。24年6月から現職。