国内旅行の壁 日本人の旅は縮小を続けるのか

2025.02.24 00:00

(C)iStock.com/3DSculptor

海外旅行の低迷に続き今度は日本人の国内旅行の停滞が指摘されている。旺盛な訪日旅行需要で宿泊料金が高騰しているのに加え、主要観光地の過度の混雑、物価上昇に追いつかない賃金事情など、国内旅行を敬遠する消費者心理が働いているようだ。このまま日本人の旅は縮小していくことになるのだろうか。

 そもそも国内旅行市場は縮小しているのだろうか。観光庁の旅行・観光消費動向調査の直近データである24年7~9月期の数値を見ると、宿泊旅行消費額は6兆250億円(19年同期比10.9%増、前年同期比13.6%増)となっている。そう、コロナ前と比べて1割も増えているのだ。多くの方はお気づきと思うが、旅行市場といった場合、消費額で示す場合と旅行回数で示す場合がある。本稿のテーマでいう旅行市場の縮小とは後者の回数ベースで見た局面を指している。

 24年7~9月期で見ると、宿泊旅行が8554万人回(19年同期比10.0%減、前年同期比5.2%増)となる。前年同期比ではプラスだが、コロナ禍前の水準からは1割減とマイナスの状態が続いている。コロナ禍前から消費額が1割増えているのに旅行者数が1割減っているということは消費単価が増えていることである。実際、7~9月期の宿泊旅行単価は7万439円で19年同期比23.2%増えている。前年同期比では8.0%増となる。一目瞭然だが、単価が上昇していることが旅行者数減少の主要因と考えるのが自然である。

 ところで観光事業者の方々はインバウンド客の業績への寄与があるなかで国内旅行の低迷を問題視することは少ないかもしれない。しかし、東日本大震災やコロナ禍などに見られるように、インバウンド市場は需要変動が比較的大きい。また、SNSの普及等により局所的にオーバーツーリズムを引き起こしていることなど、インバウンド一辺倒になることの危険性は常に頭に入れておく必要がある。円安効果で訪日している大衆層はリピートすることは少ないと考えるべきで、円高へ転じた時のリスクに早めに備える必要がある。

 データから旅行しない要因を大まかに把握しておきたい。旅行・観光消費動向調査では、観光・レクリエーション目的の国内宿泊旅行をしなかった(できなかった)理由を複数回答で聞いている。このうち上位10項目を見たものが図1だ。数値は直近22年のものだが、こうしたデータは可能な限り早めに公表した方が有益かと思う。

 最も回答が多い「家計の制約がある」と5位の「景気の先行きが不安なので支出を控える」は経済要因。旅行単価の上昇は家計制約や支出控えに直接影響することから、旅行者数の減少につながったと考えられる。2位と6位は休日に関する要因と分類できる。3位は「混雑する時期に旅行をしたくない」で、いわゆるオーバーツーリズムによって旅行需要が減退する理由となる。また、混雑期に旅行単価が上がるという点では経済要因の一部と捉えることもできる。

 では、なぜ旅行単価が上がっているのか。総務省の消費者物価指数から、19年を100とした指数を作成してその推移を見たものが図2だ。ここで「総合」はすべての品目についての総合指数で、これと1泊当たりの宿泊単価である「宿泊料」とを比較している。

 総合を見ると、24年に109まで上昇しており、長期的に見てもここ数年の伸びは大きい。これは急速な円安による輸入財価格の急騰や国際紛争の影響によるエネルギー価格の上昇、賃金上昇などを受けたコストプッシュ型のインフレといえる。しかし宿泊料の伸びはそのはるか上をいく。コロナ期に100を切っているが、20年半ばから22年前半にかけてGoToトラベルキャンペーンや全国旅行支援の影響があり、旅行者負担の宿泊料が減少したためだ。支援を含む単価としては100を超える水準で推移していたと見られる。

 旅行支援の影響が縮小し、インバウンド受け入れが復調した23年以降は急速に単価が上昇している。いわゆるディマンドプル型のインフレ(需要増加に起因する単価上昇)だ。また、高級ホテル開業などによる宿泊施設の質的向上も要因の1つと考えられる。こうした宿泊産業独自のインフレ要因が、コストプッシュ型インフレに上乗せされる形でこの異常ともいえる旅行単価上昇をもたらしている。

【続きは週刊トラベルジャーナル25年2月24日号で】

塩谷英生●國學院大學観光まちづくり学部教授。専門は観光統計、経済効果、旅行市場等。公益財団法人日本交通公社で「訪日外国人消費動向調査」(観光庁)、「DBJ・JTBFアジア・欧米豪訪日外国人旅行者の意向調査」等の企画・実査に携わった後、22年4月から現職。博士(観光科学)。

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