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観光立国戦略の一考

2025年2月10日 8:00 AM

 旅行業界に身を置く私たちは日本経済の今後の成長の柱として政府が標榜する観光立国戦略の中にいる。海外事例から考えてみた。

 アラブ首長国連邦のドバイは、私が訪れた20数年前は砂漠が続く荒涼とした風景だったが、1980年代以降減少する石油産出による危機感から多様化経済を推進。観光、貿易、金融に力を入れる国家戦略を進めてきた。現在は世界的なハブ都市として世界の富と人を集めている。

 同じようにサウジアラビアは、世界的な脱炭素社会への移行やシェールガスなど代替エネルギー出現によって石油重点経済に危機感を抱き、「ビジョン2030」という国家改革プランを発表した。巨額の予算を観光産業へ投じ、戦略的な傾斜投資を行う。観光ビザの解禁や紅海沿岸の高級リゾート開発プロジェクトなど、国家主導の政策がすごいスピードで次々に実施される。

 いずれのケースも国家戦略として政府が強いリーダーシップを発揮して進めた成功例である。

 日本の観光戦略に参考になると思うのはハイエンド&ローインパクトという考え方だ。アフリカ中南部のボツワナが観光政策として打ち出している方針である。少人数の富裕層観光客をターゲットにすることで環境への負担を軽減しつつ高収益を目指す戦略だ。1966年の独立時に最貧国だった同国はその後のダイヤモンド鉱山発見で豊かな経済を得たが、将来のダイヤモンド枯渇という危機感から、観光業や金融サービスに乗り出す国家運営にかじを切っている。

 先日、ボツワナのオカバンゴ・デルタやチョベ国立公園を訪れ、現地での高付加価値観光モデルを実際に体験してその実態を知ることができた。ボツワナのサファリロッジはどこも4~9部屋程度で、一度に宿泊できるのは20人未満。サファリに乗り入れるランドクルーザーも一度に3台までと決められ、環境へのインパクト(ダメージ)を最小限に抑える。1万円の宿泊費で100人を受け入れるのではなく、1泊20万円で5人に部屋を提供し、きめ細かいサービスで満足度を上げ、口コミを広げるのである。

 観光開発は政府が主導するコンサベーション(保全)制度を導入。国有地を民間(主に欧州資本)のロッジ経営会社に長期契約で貸し出す方式が多い。経営者は借り受けるエリアの住民や野生動物の管理と保護責任を負い、従業員の90%以上を地元の村から雇用する。ロッジが建つことで電気が通っていなかった村に太陽熱自家発電で待望の電気が通る。

 道路整備がないのでサファリの平地スペースを利用し、セスナや小型ヘリで移動する。電気も水道もない環境にロッジを造り、快適なベッドルームとバスルーム、おいしい食事、プロフェッショナルで安全なサファリでのアクティビティーを提供するには相当な資金が必要になる。

 ロッジに宿泊して驚いたのはゴミが全く落ちていないこと。ゴミはプラスチックが混ざらないようにして、大型トラックで7~8時間かけてゴミ処理を行うマウンという町まで運ばれていた。訪れる旅人は環境問題に理解があり、高額な金額を投じてでも来たい人を選抜している。

 パウダースノーで世界的に高い評判を得ている北海道のニセコにはすでに多くの外国資本が投入されている。長野県の白馬や斑尾にも続々と外資が入っている。これらの開発には政府や自治体が関与してハイエンド&ローインパクトのビジネスモデルが参考になると思う。

 国が国土開発の明確な将来像を提示し、官民が協力する観光事業が地元経済に持続可能な産業として寄与できれば、誇りをもって観光業に就く地元の若者たちが増えるのではないか。

柴崎聡●グローバルユースビューロー代表取締役社長。海外のネットワークから企画が実現した世界初の「ウィーン・フィルクルーズ」はクルーズ・オブ・ザ・イヤー受賞。シェフや音楽家が同行する旅などオリジナル企画を多数実施。カルチャー&ホスピタリティーを念頭に企画から添乗まで現場で陣頭指揮を執る。