肩書インフレという時代  

2025.01.20 00:00

 半世紀前になるが米国でアカウント・エグゼクティブの訪問を受けた。現れたのは若い新人でびっくり。最近でも米国の肩書インフレは進んでいるとウォール・ストリート・ジャーナルが伝えた。

 求人広告欄で「上級」を検索すると膨大な数がヒットする。上級クライアント・アソシエイト、上級アナリスト、上級アソシエイト・アプリケーションエンジニア。どの肩書も実社会の専門知識が豊富なように見える。大学新卒ですぐに上級社員になれる求人もある。これらの仕事の実態は初歩レベルのものだ。

 肩書インフレは中堅から上位の役職では珍しくない。最高幹部以外にも「チーフ」が付く肩書は広く使われる。勤続年数の長い従業員に偉そうな肩書を与えるのは理解できるが、新米にベテランの肩書を与える必要があるのだろうか。肩書を乱発するのは多くの場合、人のエゴに訴えるためだ。

 「新入当初から上級職なら採用事務の迅速化に役立つかもしれない。見栄えのする肩書は、気分を良くさせる以外に将来のキャリア形成に向け社員に自信を持たせられる」と人材斡旋会社はいう。

 人の気分を害したいなら、その人の肩書が妥当なものか尋ねればいい。年齢の割に立派な肩書を与えられても当然だと若い人の誰もが憤然というだろう。いまはコンピューターが多くの下働きをこなすため、少し前ならレベルが高いと考えられていた仕事を新米社員がこなすことがあると経営者は大げさな肩書を正当化する。

 大学新卒入社1年でジュニア・エンゲージメント・マネジャーに昇進した例もある。外から見れば、ばかばかしい肩書と見えても組織の中の者にはそうでもない。仲間の中の1人がその職位に任命された場合、任命された人は気分が良く、任命されなかった人はもっと頑張ることを期待される。

 肩書インフレは高い技術を要しない仕事にも及ぶ。レジ係はリテールアソシエイト。ビル管理人はファシリティー・テクニシャン。学生アルバイトでもこうした肩書をもらうので経験の浅いプロフェッショナルが立派な肩書を期待するのは当然だ。

 ある非営利団体の人材活用責任者は企業が大げさな肩書を付けることに慎重になるべきだと主張する。顧客に最高のサービスを受けているような気分にさせる1つの方法は上級社員か少なくとも上級のお墨付きを受けた社員を割り当てることだ。

 「上級」の付く肩書の人間は真面目で経験のある人を顧客は想像する。年齢による決めつけは公平ではないかもしれないが、童顔の従業員を専門家として顧客に送り込むなら、その従業員が本当にうまくやれることを確かめておくべきだろう。

 23年の求人サイトでは、初歩レベルと表示された仕事が21年と比べ56%減り、上級や幹部レベルと表示された求人が倍増した。多くの人材採用者は肩書インフレの問題に気付きつつあり、経験の浅い求職者の場合、履歴書の肩書はほとんど見ずに実際にしてきたことに注目している。日本の企業でも肩書インフレは進むだろうか。

平尾政彦●1969年京都大学文学部卒業後、JTB入社。本社部門、ニューヨーク、高松、オーストラリアなどを経て2008年にJTB情報開発(JMC)を退職。09~14年に四国ツーリズム創造機構事業推進本部長を務めた。

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