おひとりさま
2024.12.16 08:00

11月末、週末の京都。紅葉のピークのはずだがまだ色づきはそれほどでもなく、赤や黄より緑の葉が多い。そのうちそのまま冬になってしまい日本の四季が失われるのではないかと心配になる。しかし紅葉の名所、南禅寺には多数の観光バス。駐車場を整理する係員が忙しそうだ。地下鉄の蹴上駅から入る裏ルートは人が少ないかと期待したがもちろんそんなことはなく、内外の観光客でにぎわっていた。
JR東海の「そうだ京都、行こう」キャンペーンが昨年30周年を迎えた。もはや紅葉の時期に宣伝する必要もないのに、とも思うが毎年舞台を変えてはCMが流される。新たな名所を発掘しては穴場からメジャー化し、人の流れを変えてきた功績は大きい。その昨年の舞台が南禅寺。いまでは季節を問わず観光客が訪れる京都だがこの紅葉シーズンが最大の山場だろう。駅や道端の混雑ぶりがもはや既視感を伴う当たり前の光景と化している。しかし、駅や沿道で案内に精を出すボランティアの皆さんの行動はきびきびしてみな笑顔だ。
京都は団体客やグループ客が多い気がする。もはやひとり静かに旅を楽しむ雰囲気ではない。旅にはさまざまな目的があるが、とりあえず誰もが行く場所に足跡を記すというなら京都はうってつけだ。その地にある深い何かをじっくり味わうのではなく、スマホに収めるビジュアルの美しさと人々に伝える楽しさ、思い出に浸るのも仲間と一緒であればこそ。駅や繁華街の混雑も、そんな目的であれば快適かどうかは別にして苦にならない。みな同じ目的の仲間だからだろう。
先月、青森県の八戸を訪れた。朝5時半、日本最大の朝市として知られる舘鼻岸壁へ向かうバス停には長蛇の列。たまたま私の後ろに並んだのはカメラを提げた台湾からの女性。聞くと一人旅という。話をしていたら私の前に並ぶ女性も一人旅。そういえば、夏に道東で乗った定期観光バスも乗客の半分は外国人で、1組を除いてみな一人旅だった。オーバーツーリズムと話題になる地域と、そうでない地域の見た目の違いに、一人旅の多い少ないはあるかもしれない。
市場調査会社ユーロモニターの最近の調査によると、「旅行に誰と行くか」との問いに「1人で」と答えた日本人は19.2%、世界平均が7.2%にもかかわらず実に5人に1人が選んだことになる。しかも19年の調査では10.4%で、5年でほぼ倍増。最も多いのは30~44歳だという。晩婚少子化の影響か、コロナ禍で人との接点を忌み嫌う文化が定着してしまったのか、理由は分からないがこれからは個々人に寄り添った「あなただけ」のアプローチがどんな領域のマーケティングでも大事になるのは言うまでもない。アクティブシニアが旅人の中心、夫婦旅行の行き先のほとんどは奥さまが決める、などという固定概念に縛られていると商機を逸する。
そもそも旅行会社にとって一人旅は鬼門だ。2人部屋前提の旅行代金は常にシングルの追加代金が高く見え、団体旅行を便宜上バラしているに過ぎない個人型パッケージもかつてほとんど最少催行人員2名だった。昔は旅館では飛び込みの1人客、特に女性は敬遠されたというが、いまやビジネスホテルがその名とは裏腹にシングルベースの観光客を受け入れるようになり、飛行機や鉄道も個人向け割引運賃が多く設定され、ますます旅行会社の稼働領域が狭められていく。
団体から個人へ、昔から言われていた旅の形態の変化はより深いところへと進んでいる。焼き肉屋も鍋屋も1人カウンターが人気らしい。これからは「おひとり様(さま)」を制するものが勝者となるかもしれない。

高橋敦司●JR東日本びゅうツーリズム&セールス代表取締役社長。1989年東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。2009年びゅうトラベルサービス社長、13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長、17年ジェイアール東日本企画常務取締役チーフ・デジタル・オフィサーなどを歴任。24年6月から現職。
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