旅とメディア
2024.12.02 08:00
現在、日本のパスポート保有率は17%と、米国約50%、韓国約40%、台湾約60%と比較して格段に低い。特に日本の若者が海外旅行に行かなくなった理由として、「情報過多」「可処分時間減少」「所得低下」などが指摘されている。いまの日本の若者たちには、なんとかお金や時間をつくって海外に旅行したいと思えるような動機が希薄なのだろうか。
当社は社名に「ユース(Youth)」とあるように若者の欧州ツアーが創業の経緯となっている。1966年に発足したヨーロッパ文化研究会という任意団体の137人の若者でKLMオランダ航空をチャーターし欧州旅行を実施したことが旅行業のスタートとなった。その後、学生の海外旅行ブームが起こり価格競争が始まった。その競争マーケットから離脱するため商品を差別化し、クオリティーの高いツアーにシフトしたところ、顧客がシニア層になるという変遷をたどった。
当時日本の若者たちが「海外旅行に行こう」と思うきっかけとなったのはメディアの影響が大きいと思う。昭和の時代はテレビが全盛。当時海外の魅力を伝えた人気番組としては「兼高かおる世界の旅」が筆頭に挙げられる。兼高さんは31年にわたり150カ国以上を取材し、番組は1500回以上放送された。当時の日本の視聴者にとって世界を知る窓口となっていた。
同じ時代に国内各地の魅力を伝える「遠くへ行きたい」という番組は1970年から50年以上放送が続く。日本各地の文化、自然、歴史、食、人々との交流などを紹介するこの番組に出演していた俳優の渡辺文雄さんから当社に「番組で知り合った日本各地で活躍している匠の仕事や伝統に触れる旅を企画してほしい」という依頼があり、ツアーを企画した。渡辺さん本人が旅の案内人として同行する「グローバル雑学(うんちく)観光」の企画は、現在も多様な案内人に同行いただき日本全国の旅に広がっている。
昭和の時代は「お茶の間」という単語に象徴されるように家族全員でテレビを見る家庭が多く、旅行を喚起するメディアとしての影響が大きかった。一方、現在はどうだろう。テレビの視聴率が下がり、スマートフォンで動画を見ることが多くなり、ユーチューブやインスタグラム、ティックトックなどSNSの影響が大きい。インスタ映えする光景が拡散され訪問観光地が集中、オーバーツーリズムの一因と指摘される。確かに最近、「インスタグラムで見た美しい景色を見にきた」とか「ユーチューブで紹介されている和食の店が目的で来日した」という訪日外国人の方がいた。
SNSの活用は個人が自分の旅行体験をリアルタイムで共有できるプラットフォームとして旅の記録のあり方も変えた。旅とメディアの関係を考える時、昔のように1時間の番組を家族揃って見る家庭は少なくなった。小学生からスマートフォンを持つようになり、家庭内でもメディアの利用は個別である。SNSのあふれるような情報の世界では可処分時間の奪い合いにより長い動画が敬遠され、短い動画が主流になる。
もちろんいまでもテレビの人気旅番組として「世界の果てまでイッテQ!」などはあるが、時代とともに変遷するメディアとは別に口コミという従来からのアナログな情報伝達の価値が相対的に高まっていると感じる。特に高額な商品の選択には、「Aさんのお薦め」「Bさんからの紹介」など個別具体的な「人」発信の情報による意思決定が多くなってきたようだ。旅に出る動機となるメディアの多様化とともに、マーケティング手法もさまざまな取り組みが行われているが、最終的には「実体験した消費者の信用できる情報」の価値にはかなわないのだろう。
しばざき・さとし●グローバルユースビューロー代表取締役社長。海外のネットワークから企画が実現した世界初の「ウィーン・フィルクルーズ」はクルーズ・オブ・ザ・イヤー受賞。シェフや音楽家が同行する旅などオリジナル企画を多数実施。カルチャー&ホスピタリティーを念頭に企画から添乗まで現場で陣頭指揮を執る。
カテゴリ#コラム#新着記事
-
?>
-
CO2削減とプライベートジェット
?>
-
ゲームの中の住人
?>
-
旅とメディア
?>
-
国際標準とは何か
?>
-
乗れば納得の航空ブランド
?>
-
あたりまえのこと
?>
-
効率化の代償
?>
-
米国で捨てられる小銭
週刊トラベルジャーナル最新号
アクセスランキング
Ranking
-
築地場外市場にスマートごみ箱 ポイ捨てなど課題に対処
-
観光庁予算、旅客税財源の比率83%に上昇 コンテンツ強化、ICT、DMOに注力
-
観光収入、日本は伸び率上位 59%増で米仏など大国しのぐ
-
主要7空港の外国人入国者数、那覇もようやく19年超え 9月実績 韓国3.7倍で
-
文化観光の計画認定、旧醤油工場も たつの市など4件 制度開始から計57件に
-
今治に地域創生のヒント クールジャパンDXサミットで岡田武史氏が披露
-
未体験の訪日市場出現の中で ひがし北海道DMOがシンポジウム
-
中部空港、訪日誘客に主体的関与 地域ブランド共創室を設置
-
小樽市、ファンコミュニティー開設でリピーター育成 新たな魅力発掘も
-
検索エンジンのフォルシア、東証に新規上場 ハイブリッド型サービスへ進化描く