あたりまえのこと

2024.11.18 08:00

高千穂駅(筆者撮影)

 10月の日曜日。熊本空港から無料シャトルバスで15分ほどの肥後大津駅。いずれ空港への接続線の建設が計画されていることもあり、早くも「阿蘇くまもと空港駅」のサブタイトルが大きく掲げられている。近くに工場進出を果たした台湾の半導体企業TSMCの影響か、一見ひなびたローカル線の駅なのに人の数は多く、部活動の高校生に交じって生活感のある外国人の姿がやたら目につく。

 さらには10人定員の小さなワゴン車の空港シャトルバスは外国人観光客で満員だった。阿蘇へ向かう列車の発車時刻になると、窓口で切符を求める外国人の姿。次の列車は全車指定席の特急列車ですでに売り切れ、だからその次の普通列車まで待って、と多言語のフリップボードとカタコトの外国語で案内するのはJR社員ではなく窓口の委託を受けた行政職員だ。

 阿蘇を周遊し翌日は平日。県境を越え神々がすむという神話の里・宮崎県高千穂を訪れる。ここには台風被害で廃線となった旧高千穂線を観光鉄道にした「あまてらす鉄道」のトロッコ列車が走る。吹きさらしのトロッコで日本最高の地上105mにある高千穂橋梁を行く列車はいまやこの地に欠かせないコンテンツとなった。

 始発は9時40分。20分前にはほぼ定員でいっぱいとなったこの列車の乗客も約半数は外国人観光客。高千穂に宿泊施設はそう多くなく、しかし熊本や宮崎から公共交通利用ではこの朝イチの便に乗ることはできない。列車が走り出してスマホやカメラを構え笑顔で歓声を上げる言葉から想像するに、中国、台湾、タイ、米国などからの観光客。彼らはいったいどうやってここに現れたのか。列車からの絶景と乗務員が鉄橋の上で吹くシャボン玉に再び歓声を上げる彼らを見ながら首をかしげる。

 始発駅に戻った列車から降りた彼らを見て納得した。中国人らしき観光客の一部は駅の上の高台に止まるバスに乗り込んだが、それ以外はみな車。もちろんレンタカーだ。もう1つの景勝地・高千穂峡の駐車場もまた月曜の朝だというのに満車の表示。渓谷沿いの遊歩道を歩く人々も、売店で名物の味噌団子や抹茶アイスを食べる姿を写真に撮っているのもみな外国人。

 コロナ禍でリースの車を返却したレンタカー業界が一転して車不足に陥っているという話や、北海道や沖縄で外国人のレンタカーの事故が多い話にもようやく実感が湧いた。すでにこの地のツーリズムは外国人観光客に支えられている。もはや彼らなしではありえない状況だろう。だから、この小さな山間の静かな渓谷の観光地で誰もがカタコトの外国語で対応し、キャッシュレスなどのデジタルな対応に抜かりない。

 観光庁の宿泊旅行統計によると、1~7月の宿泊者数(延べ)の19年比は全国平均で107%だった。一見好調に見えるが県ごとのばらつきは大きく、例えば東北6県は全県がマイナス、最高の青森県で98%、最低の福島県では76%。言うまでもなくこれは訪日外国人客の多寡が影響している。宿泊客における外国人シェアが最も高い東京都の51%、それに次ぐ京都府の50%に対して最低の島根県はわずか2%だ。

 山手線や地下鉄に乗っていても通勤時間を除けば大きな荷物を持った外国人観光客のほうが目に付く。当初違和感を覚えた新幹線の英語の肉声放送もだんだんこなれてきた。もはやみんな見慣れた当(あ)たり前(まえ)のこと。一方でこの景色が当たり前でない地域は多数ある。そこに重点的にさまざまな施策を充てなければ、もはやこの差はさらに取り返しのつかない差になる気がする。果たしてその策は十分だろうか。

高橋敦司●JR東日本びゅうツーリズム&セールス代表取締役社長。1989年東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。2009年びゅうトラベルサービス社長、13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長、17年ジェイアール東日本企画常務取締役チーフ・デジタル・オフィサーなどを歴任。24年6月から現職。

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