米国で捨てられる小銭 

2024.11.11 00:00

 クレジットカードの普及に伴い海外旅行先でも硬貨の利用頻度はめっきり減っている。日本では塩ビ波板を留めるビスの代わりに1円アルミ貨を使用した建設業者が非難された時代もあったが、米国では小銭硬貨ががらくた同然に捨てられているとウォール・ストリート・ジャーナルが伝えた。

 米ペンシルベニア州で再利用を目的としたごみ焼却場を運営するリワールド社の工場では、焼却されたごみを作業員が機械に投入し金属を分離・選別した後、水で洗浄する。ご褒美は大量の硬貨だ。米国人は年間6800万ドル(約100億円)相当の小銭を捨てており、同社はその「宝探し」を7年前から始め、累計約16億円相当の硬貨を回収したという。

 多くの米国人にとって硬貨はがらくた同然のようだ。バス、コインランドリー、料金所、パーキングメーターなどはクレジットカードやモバイル決済に対応しているため、現金を使うことが減り小銭を持ち歩くのは面倒なのだ。

 米国造幣局は23年、7億700万ドルを投じて硬貨を製造した。カナダ、ニュージーランド、オーストラリアはすでに1セント硬貨の流通を停止している。1980年当時の米国25セント硬貨の購買力は現在の1ドルとほぼ同じだった。「100ドル札をなくしたら探すだろう。20ドル札をなくしても本をなくしてもそうだ。しかし1セント硬貨なら探さないだろう?」とウェイクフォレスト大学のロバート・ウェイプルズ教授は言う。

 教授は約3セントの製造コストがかかる1セント硬貨を廃止するよう政府に働きかけている。連邦準備制度理事会(FRB)によれば、硬貨は使いにくいため市場での流通が減少し、半分以上が家の中で眠る。置き去りにされる硬貨も多い。空港の保安検査所では、運輸保安庁(TSA)が年間数十万ドル相当の硬貨を回収。ソファのクッションに埋もれていたり、車の中に放置される硬貨は掃除機に吸い込まれ最終的にごみ廃棄場に送られる。

 リワールド社は缶、古パイプ、鍵、銀食器など年間55万トンの金属と併せてごみの中の小銭も回収している。ごみを選別機で回収するのに要する時間は35分。乾燥されピカピカになった硬貨には外国硬貨、地下鉄トークンなども交ざっている。最終的には手袋をはめた人間の手で、状態の良い硬貨とそれ以外のものを分ける。これらの中に宝物も埋まっている。価値のある5セント硬貨がその例だ。1913~38年に製造されたインディアンの顔を刻んだ5セント硬貨「バッファローニッケル」はマニアの間で数千ドルすることもある。

 家庭で余った小銭を銀行で両替することも難しくなりつつある。一部の銀行では顧客の利用が少ないことを理由に硬貨計数機を撤去している。現在、多くの人は食料品店やガソリンスタンドで硬貨両替サービスを提供するコインスター社の両替機を利用。同社は全米で2万4000台以上の両替機を運営し8000億枚以上の硬貨を両替してきた。米国で小銭硬貨が完全に使用されなくなり、リワールド社の回収事業がなくなる日が来るだろうか。

平尾政彦●1969年京都大学文学部卒業後、JTB入社。本社部門、ニューヨーク、高松、オーストラリアなどを経て2008年にJTB情報開発(JMC)を退職。09~14年に四国ツーリズム創造機構事業推進本部長を務めた。

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