贈りたい1冊 行間にもメッセージを込めて

2024.11.04 00:00

(C)iStock.com/Bet_Noire

解のない時代に突入した。観光の世紀が訪れようとしているが、直面するのは答えの見つからない難題ばかりだ。それでも先人たちが挑み続けてきたように、私たちは答え探しをやめるわけにはいかない。そんな時代に生きるすべての業界人に向けて、この1冊を贈ろう。

『ポジショニング戦略[新版]』アル・ライズ、ジャック・トラウト著 フィリップ・コトラー序文 川上純子訳(海と月社)

 常に選ばれ続ける観光地になるためにはどういった戦略が必要か。観光振興に取り組む自治体やDMO関係者の大きな悩みである。現在、書店やネット上ではマーケティング戦略に関する指南書があふれるが入門書として本書をお薦めしたい。

 本書は01年発行の原書邦訳版で、国内では08年に発行された。膨大な量の情報が飛び交う情報社会において、企業が市場にメッセージを届けるための戦略としてポジショニング理論は大きな注目を集めた。著者の指摘は明快かつシンプルで、ビジネスで勝つためには消費者の「頭の中」を制することであり、発信する側ではなく受信する側がメッセージをどう受け止めるかを理解することが重要だと強調する。本書ではポジショニングで勝利するための12の決め手を紹介しているが、「長期的なビジョンを持つこと」や「世界的な視野を持つこと」は、観光地のマーケティングにとっても重要な視点である。

 新型コロナ感染症の世界的な流行により人の移動が制限され、観光需要は大きく減少した。コロナ禍では観光産業の脆弱性が強調されてきたが、現在の世界の観光は回復から新たな成長期へと向かっており、強靱性が高い産業であることが証明されている。国内でも円安効果もあり外国人観光客が急増、大都市圏だけでなく地方への波及も見られる。当分この流れは続くと思うが、国際情勢が一層混沌とするなか、いまのインバウンド特需を冷静に分析し次に備えなければならない。コロナ後の新しい社会において旅行者は旅行先に何を求めているかという頭の中をのぞくと同時に、受け入れ地側のインフラ、人材、観光資源等の健康診断が必要だ。

 観光客増加による経済効果が拡大する一方で人手不足は常態化しており、交通渋滞、物価高、地域文化理解不足、騒音やゴミの増加など健全な状態とはいえない地域がある。沖縄県の離島では地価の上昇により賃貸住宅の家賃が高騰し住民生活に影響が生じているほか、大型クルーズ船寄港に伴いタクシーが不足し住民の移動に制限がかかっている。県民調査でも回答者の7割が地域の文化や自然環境保全等に関するルール、行動規範などを観光客に周知することを求めており、観光客を「受け入れてよし」とする観光地づくりが急務だ。

 本書でも観光地のマーケティングについて、住民と観光客では視点が異なることを強調している。新しい時代のポジショニング戦略でのメッセージは、旅行者の頭の中と住民の「心の中」をより強く意識したものでなければならない。

【続きは週刊トラベルジャーナル24年11月4日号で】

下地芳郎●沖縄観光コンベンションビューロー会長。1981年に沖縄県庁入庁。初代香港事務所長、観光振興課長、観光政策統括監などを歴任する。13年に退職し琉球大学観光産業科学部教授に就任。学部長、研究科長を歴任。19年6月から現職。

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