再生型観光
2024.11.04 08:00
サステナブルという言葉をよく耳にするようになった。15年の国連サミット以降、SDGs(持続可能な開発目標)がキーワードとなり、「持続可能な観光」はサステナブルツーリズムとしていまや世界の旅行業界で重視されている。
当社のパートナー会社の1つは、創業した1991年に南アフリカで人間と野生動物が共存するための私営動物保護区を設立した。農地化された土地で野生動物に農作物や家畜が荒らされ、動物と人間が争い、生活することができなくなったアフリカの土地を再生し、「人間と動物の共存モデル」を成功させた。
30年前から「旅行サービスを通じて地域を支援し、その土地を見つけた状態よりも自然豊かで動物や人々が幸福な世界にしていく」という事業理念を貫いている。この理念の下、実際に旅行者が支払うお金はさまざまな保護に還元されている。当社は企業理念に賛同し、アフリカから南米、アジアに広がるパートナー会社と提携したツアーを造成している。
カナダ政府の取り組みは一歩先を進み、サステナブルからリジェネラティブ(再生型)観光へと進化している。再生型観光とは訪問地域の環境や文化に良い影響をもたらし、地域全体をより良くする観光を指している。政府が「再生型アプローチ」を提唱し、地域のコミュニティーの現状を理解したうえで、「旅行者が何を見たいか」ではなく「コミュニティーが何を見せたいか」を始点にするという。見せ物的な観光施設を造るのではなく、コミュニティーでの議論を経た観光コンテンツをつくることで、地元の人が旅行者を歓迎するコンセンサスの醸成に重点が置かれている。
私は数年前にアルバータ州のメイティ・クロッシングを訪れた。そこでは先住民が旅行産業の中心となり、独自の文化や伝統を語ったり、伝統工芸の体験プログラムが用意されていた。大自然の中で星空を眺めながら眠れるスカイウオッチングドームに滞在し、現地の人との交流を組み込んだ新しい体験ツアーである。カナダ政府は従来の訪問人数や収益のみを目指すのではなく、再生型のアプローチを進めている。それは各国で発生しているオーバーツーリズム現象や、季節偏重による混雑緩和などを回避するためのひとつの取り組みといえよう。
わが国でも再生型を目指す旅行は各地で始まっている。佐渡島では廃校になった小学校を地元の酒蔵が「学校蔵」として再生していると聞き、創業1892年の尾畑酒造を訪ねた。2014年に佐渡島の廃校を2つ目の酒蔵として活用し、「酒造り」「共生」「交流」「学び」という4つのキーワードを運営の柱として活動している。
酒造り体験プログラムを実施し、世界各地から蔵人志願の人が集まる。島に滞在する共同体験によってコミュニティーが形成され、国内だけでなく海外のネットワークが生まれている。さらに「学校蔵の特別授業」として有名講師を招いた1日イベントを行ってきた。参加者は10~70代と幅広く、東京や海外からも参加者が集まる。学校の教室は東京の大学とのコラボレーションルームとして利用され、企業のサテライトオフィスとしても活用されている。
生物多様性を保全する原材料と太陽光パネルによる再生可能エネルギーを使った酒造りを行い、酒粕や麹は施設内の学校蔵カフェで提供しているので食品廃棄ロス削減にもつなげている。
このような循環型の再生サイクルを構築した取り組みを旅行商品に組み入れることは社会への周知の一助にもなる。当社もこのような実践事例をツアー企画で紹介することで、再生型観光につなげていければと考えている。
しばざき・さとし●グローバルユースビューロー代表取締役社長。海外のネットワークから企画が実現した世界初の「ウィーン・フィルクルーズ」はクルーズ・オブ・ザ・イヤー受賞。シェフや音楽家が同行する旅などオリジナル企画を多数実施。カルチャー&ホスピタリティーを念頭に企画から添乗まで現場で陣頭指揮を執る。
カテゴリ#コラム#新着記事
週刊トラベルジャーナル最新号
アクセスランキング
Ranking
-
城崎温泉街をWHILLで移動 高齢化に対応 でこぼこ道も観光しやすく
-
COP初、観光業の気候対策宣言で歴史的節目 課題は行動 日本の出遅れ感指摘する声も
-
JTBの中間期、増収減益 非旅行事業の減少響く
-
交通空白地解消へ官民連携基盤 自治体・交通事業者と支援企業をマッチング
-
リゾートトラストと三菱商事、医療観光で合弁事業を検討
-
廃校へ行こう! 地域の思いが詰まった空間へ
-
新千歳も外国人入国者プラスに 主要空港の8月実績 韓国けん引
-
AI浸透で観光産業に3つの変革 企業関係管理でパーソナル化 流通は直取引に
-
沖縄県の宿泊税、都道府県で初の定率制に 26年度から2%で導入へ
-
福島・浪江で町の未来考える謎解き企画 異彩作家と連携