改善のタイミング
2024.10.21 08:00
フィレンツェのとあるホテルにチェックインし、部屋に入ってしばらくするとフロントから電話があった。何だろうと思いながら受話器を取ると「何か問題はありませんか」と言う。清掃が行き届き、眺めも良い快適な部屋だったが、テラスのテーブルに前の宿泊客のタバコの吸い殻が残っていたことが唯一気になっていた。そのことを伝えたら「大変失礼しました。すぐ対処します」と答え、程なく清掃係が部屋に来て対応してくれた。
その後、Wi-Fiをつなげてメールを開けるとそのホテルから早速メールが来ている。「私たちは貴重なあなたの滞在をできる限り最良の体験にしたいと心掛けています。ぜひ当ホテルの第一印象を教えてください」という前文が書かれたサービス評価アンケートだった。私が問題を指摘する前にホテル側から聞いてくれたこと、問題があってもすぐに対応してくれたことに好感をもったので、迷わず最高評価をお返しした。
ほとんどの観光の現場でアンケートが行われている。大学でさえも学生を対象に授業評価アンケートがある。ホテルならチェックアウト後、ツアーなら旅行終了後に自動設定でメールが届くようになっているところが多い。大学でもアンケートは学期末に行われる。しかし、事後アンケートに回答する人は本当に感動した人か、大きな問題を抱えてクレームしたい人の両極端で、ささいな問題を感じた人は回答しないことが多い。
観光サービスの消費がモノの消費と異なることの1つは生産と消費に同時性があることだ。ホテルでの滞在という体験を、旅行という時間を家に持ち帰ることはできない。すなわち観光サービスは不可逆的な時間の流れという制約を常に受けている。
アンケートの目的は供給者側が気づかない問題を顕在化し改善するためにある。前述のフィレンツェのホテルのアンケートは、将来の顧客サービスの改善のためではなく、滞在中の顧客サービスの改善のために行っている。同じアンケートでもタイミングよって意味が変わる。滞在中に行うアンケートは、持ち帰れないサービスの特徴を踏まえた取り組みといえよう。
以前、添乗員としてツアー顧客と夕食を共にしていた時、顧客の1人が「部屋が少し変なにおいがする」と言う。部屋を変えてほしいという要求はなかったが何か引っかかるものがあったので実際に部屋に出向いてみるとひどい異臭がした。ホテルに掛け合い部屋を変えてもらうよう手配し直した。その顧客は笑顔で納得し、その後何度も利用していただいた。あの時、ささいな問題と受け流していたら二度と利用してくれなかったと思う。
日本人は面と向かって他人に自己主張するのが苦手な人が多い。ささいな問題については水に流すか、気になっても声に出さぬまま次は利用しない人が多数派だ。旅行後に「こうしてほしかった」と言われても後の祭り。「その場で言ってくれれば何か手立てはあったのに」と思う経験が何度もある。声の大きな人の声を聞く以上にささいな声を拾う仕組みをどのようにつくるか。旅の改善はタイミングこそ重要である。
鮫島卓●駒沢女子大学観光文化学類教授。立教大学大学院博士前期課程修了(観光学)。HIS、ハウステンボスなど実務経験を経て、駒沢女子大学観光文化学類准教授、同大教授。帝京大学経済学部兼任講師。ANA旅と学びの協議会アドバイザー。専門は観光経済学。DMO・企業との産学連携の地域振興にも取り組む。
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