地域の名物が変わる 気候変動と逆手の戦略
2024.10.21 00:00

海の味覚を楽しむことは旅行の大きなモチベーションだ。ところが、そんな名物を大々的に訴求するシーンが旅行パンフレットから減りつつある。気候変動の影響により、各地で特産の海産物が取れなくなっているからだ。危機感をばねに、新たなグルメ開発が進んでいる。
イセエビの名前の由来ともされる三重県の伊勢志摩地域で、ご当地名物のイセエビ料理が食べられなくなるかもしれない。現状ではまだ、まったく食べられない状況には至ってないものの、すでに地場産のイセエビは価格が高騰し、おいそれとは旅行パッケージに組み込めない超高級食材になりつつある。
実際に旅行会社の商品ラインナップを見ても、基本プランとしてイセエビ料理が楽しめるコースは高額商品カテゴリーに限られる。あるいは料理付きのプランを選ぶと、1人8000~1万円ほども料金が上がることさえ普通になってきた。もはや気軽に「海を眺めて、お風呂入って、おいしいイセエビ食べて」とは言えなくなりつつあるわけだ。
最大の原因は漁獲量の急減だ。水産庁によれば、三重県のイセエビの漁獲量は長年にわたり全国1位で18年には311トンの水揚げがあった。ところが21年には4割減の176トンまで減少し、1位の座を221トンの千葉県に奪われた。直近のデータである22年の漁獲量は、1位千葉県の238トンに対し2位の三重県は163トンとさらに差が開いてしまった。
さらにイセエビ漁の中心地である志摩市の水揚げ量は、18年には124トンあったが、23年にはほぼ半減の63トンまで落ち込んでいる。
06年にカナダの海洋生物学研究グループが米科学専門誌サイエンスに発表した分析結果は「2048年問題」として漁業・水産関係者に衝撃を与えた。「地球温暖化や海洋汚染の影響により、48年には海から食用魚が消える」という内容だ。その分析が間違っていなければ、魚介類が食べられなくなるまでにあと25年もないという計算になる。海の危機は世界的な問題でもあるわけだ。
伊勢志摩における海の危機の最大の原因は黒潮の大蛇行だ。イセエビの漁獲急減にも、この蛇行による海水温の上昇による磯焼けが最も影響している。藻場がなくなって餌となる生物が減少し、天敵から身を隠す場所も失った。
伊勢志摩と同様にイセエビ料理を観光の売りとし、「伊勢海老のまち」をうたう南伊豆でも漁獲が激減している。昨年の町議会では、09年から22年までで漁獲量が3分の1まで減ったことが取り上げられ、町長が「23年度の伊勢海老まつり宿泊割引1000泊分を確保しているが大変深刻」と打ち明けた。南伊豆の不漁の原因も伊勢志摩と同じく黒潮の大蛇行にある。
これとは逆に、大蛇行の影響でこれまでイセエビが少なかった茨城や福島では漁獲が急増し、新たな観光資源として期待されつつある。
伊勢志摩におけるイセエビの減少は旅行業界にとっても大打撃だ。東海地域を代表する観光地を海の幸の魅力なくしては語れない。そんな味覚と観光のピンチを何とかしようというプロジェクトも動き始めている。
日本旅行は今秋から「GREEN JOURNEY伊勢志摩」を商品化し、イセエビに代わる食材の可能性を追求している。GREEN JOURNEY(グリーンジャーニー)は日産自動車などと連携した産学官連携プロジェクトで、「環境にやさしく、地域はうれしく、自分たちはとことん楽しい旅」をコンセプトに掲げた新商品。「旅行に行くことが環境を守ることにつながる」ことを目指している。
特徴の1つは、旅行パンフレットの中で地元飲食店でのウツボ料理の食体験を勧めていることだ。なぜウツボ料理なのか。ウツボは「海のギャング」の別名があり、顔がいかつく外見的には食用魚とは思えないが、実はおいしい魚の1つで、地元では人気がある。しかし、全国的に見て、ウツボ料理がポピュラーなのは、伊勢志摩のほかに伊豆や高知などわずかな地域に限られている。そのおいしさを全国に広めれば、名物とまでは言わないまでも伊勢志摩の新たな魅力に仕立て上げられる可能性はある。
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