観光の限界点のその先に

2024.10.07 00:00

 ニューヨーク・タイムズは今夏の欧州各地の観光の状況について、記録的な熱波と火災、過剰な訪問客が重なり大きくなった地域への負担を、「この夏、欧州の観光は限界点に達したのか?」というタイトルの記事で伝えた。

 海外からの観光客数は欧州観光委員会によれば第2四半期だけで19年を6%上回った。気候変動も地域に大きな影響を与えた。7月は地球全体で14カ月連続の記録的な暑さとなり、スペインとギリシャでは45度を超える日もあった。観光業は多くの欧州の観光地に重要な経済的原動力だが、観光収入をもっと地域社会やインフラに投資する必要があるという住民の声が報じられた。

 アテネでは水不足や酷暑、山火事などに襲われた。日中にはアクロポリスへの入場が閉鎖され、オーバーツーリズムに対する抗議が激化、建物に「観光客お断り」の落書きがされ、民泊への対策を求める声も上がった。ギリシャの他の地域では熱中症による観光客の死亡事例や水不足による非常事態宣言なども見られた。その他、スペイン・マヨルカ島やバルセロナ、ベネチア、リスボン、アムステルダムなどの混乱した状況を伝えた。

 記事は既報の内容も多いが2つの点で新鮮だった。まずオーバーツーリズムという言葉を多用していないこと、そして観光地ライフサイクル理論の提唱者として有名な観光研究者バトラー博士の言葉の紹介である。オーバーツーリズムはいまや社会現象となり、メディアの記事の見出しとしては魅力的だが、記事ではタイトルに使用せず、本文中も各地の状況を説明する言葉としてはほとんど使用されていない。記者が意図してそうしたのかは分からないが、観光地が混雑する状態を無思慮にすべてオーバーツーリズムだと称するトーンは見られない。

 バトラー博士は「この夏は、過剰な旅行者数、マナー違反、気候変動といった問題の重なりによって生じた嵐のようだ」とコメントした。昨年12月のインタビューでは「観光客が過剰な場所や時間があることは同意するものの、オーバーツーリズムはメディアが問題を大げさに取り上げた事例だ」としたうえで、「たとえ旅行客1人でも気づかぬうちに自然資源を損なうこともあり、深刻度合は場所により異なり、問題に適切に対処する能力と意欲が欠けている」と指摘した。

 博士の発言は、観光による地域への影響は複雑で、課題の発生原因は単純には理解できないことを示している。オーバーツーリズムの一言ですべての事象をくくっては、住民生活の質を改善し持続可能な観光を実現する本質的な解決策は得られない。

 ギリシャ神話でプロメテウスはオリンポス山から火を盗み出し人間に与えたことで、技術と文明の進歩が可能となったが、火がもたらす危険も生まれた。観光を禁じる解決策が現実的でない以上、この記事が問いかける「観光の限界点」の先にある持続可能な観光の創造に総力戦で臨む知恵が求められる。観光産業が主体的に取り組む意義と価値は大きい。

小林裕和●國學院大學観光まちづくり学部教授。JTBで経営企画、訪日旅行専門会社設立、新規事業開発等を担当したほか、香港、オランダで海外勤務。退職後に現職に就く。博士(観光学)。専門は観光イノベーション、観光DX、持続可能性。観光庁委員等を歴任。相模女子大学大学院社会起業研究科特任教授。

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