カスハラの浸透
2024.10.07 08:00

カスハラという言葉は数年前にはそれほど認知されていなかった。セクハラ・パワハラと並ぶハラスメントとして認知され始めたのは、宿泊拒否の禁止を定めた旅館業法第5条の改正にあたり迷惑客の排除が一定の条件下で認められたことがきっかけだった。法改正を報じるメディアが迷惑客の事例を連日取り上げたことでカスハラは一気に市民権を得た。
面白かったのは、迷惑客の排除が法律で禁止されていたのは実質的に宿泊施設だけであり、その一部が緩和されたに過ぎなかったのだが、もともと法的な規制のなかった飲食店や旅客業界、さらには医療業界などから宿泊業界に羨望の声が上がったことだ。旅客や医療には確かにむやみに利用者を断れないルールはあるが、一方で安全管理の側面から責任者の権限も強大で、実質的な利用拒否は昔から可能だった。機長が迷惑客をつまみ出せたり、病院がコロナ患者を拒否できたりしたのもこの理屈だ。
飲食店については客の排除に関する規制はなく、民法上の契約自由の原則が優先されるため、契約不成立という理由で望まない客に店を使わせない権利は元から有していた。それなのに宿泊業界がうらやましがられたということは、どの業界もよほど迷惑客の対応に苦慮していたのだろう。
何はともあれ国民の間にカスハラは許せないという考えが浸透したのはとてもありがたいことだ。数年前までは「お客さまは神様だろ?お前たちは逆らえないだろ?」という利用者(あえてお客さまとは呼ばない)が一定数いたのも事実であり、店が客に対して「出て行け!」と言ったケースでは独自ルールを振りかざす横柄な店が客を追い出したという印象が強かった。ずっと変わらなかった構図が何かのきっかけで一気に風向きが変わることはあるのだ。
フェミニズムや喫煙についても、平等であること、分煙を進めることという基本は10年前からほとんど変わっていないのに、世の中の大多数が「ここまでなら許せる。ここからは間違っている」と思える線引きの位置は大きく変化した。常識の変化するスピードは一定ではなく、かなりの強弱があるものなのだ。
飲食店の店頭での無人受付や、スマホやタブレットでの注文、自動搬送ロボットも当たり前になったが、これらも数年前までは若干受け止め方が違った。効率的な店、先駆的な店として捉えられる一方で、店員を店先に配置できないくらいスタッフに困っている店だと皮肉を言う人もいたし、ロボットが料理を運ぶことを失礼だと店員を呼びつけて説教を始めた客も見たことがある。店としても最も大きな経費である人件費の削減が機械化の目的だったが、いまではそれだけではなく、求人難対策やクレーム発生機会の減少といった効果も重要視されるようになった。飲食店に限らず、接客業全般においてこの流れはもう止まらない。
だからといって有人対応がゼロになることはない。本来、対面で接客するというのは価値のあることであり、航空会社や旅行会社で有人対応が有料化されたりしたことや、海外ではチップからサービス料へのシフトが見られ始めたことなどもその証明になっている。接客を人間が行う店は高級店であること、対価が必要になることが当たり前になる世の中は案外すぐにやって来るかもしれない。一気に風向きが変わる瞬間を見極めることがますます重要となる。
ところで「カスハラ」と「二重価格」がもし今年の流行語に選ばれるとしたら、その受賞者は世の変化を真っ先に取り上げた本誌であるべきだと考えるのは私だけだろうか。

永山久徳●下電ホテルグループ代表。岡山県倉敷市出身。筑波大学大学院修了。東急不動産を経て下電ホテル入社。全旅連青年部長、日本旅館協会副会長、岡山県旅館組合理事長などを歴任。メディアを活用した業界情報発信に注力する。グローバルツーリズム経営研究所主任研究員。
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