『地図とその分身たち』 旅道具を超えた広がりと奥深さ
2024.10.07 00:00

「どんなに小さな町にも観光案内所があって、この町の地図をくださいといえばカラフルに印刷された旧市街の観光地図をくれたものだった/私たちがいるのはここですね、と言って太いボールペンでぐるぐるとまるをしたり、星形の印を描いてくれたりする」(本書「差し出される地図」より)
あるあるー。というか私も宿のチェックインのときにゲストにやってるー。
本書は地図制作者でもある翻訳者が、「地図」という存在から広がる思索を綴ったエッセイ集だ。単純な「地図あるある」ではなくて、街のありかた、映画、歴史など広く深く文章が広がっていくので、正直ところどころ難解だったり、「はて、いまなんのお話してましたっけ……?」と置いてけぼりになる部分もある。だがその中にもはっとする気づきが多く、なんだかんだで一気読みしてしまった。
例えば冒頭の章では、地図を指さす観光案内所の人の指を見つめる自分たち側の心の有り様について語られる。ほかの章でも、ナポレオン1世と地図担当官を描いた絵画の読み解き、ルーズヴェルトが持っていると発言したナチスの秘密地図など戦場と地図の話、地図に描かれたウクライナという国家の姿、かつて水路のみ描かれていた地図に「道路」が描かれるようなった18世紀以後の近代世界のさま……などなど、さまざまなエピソードや文献を参照しつつ著者の思索の翼は自由に無限に広がっていく。
うむむムズカシイ、と思いつつも、地図と色との関係や地図の時代性など、なるほどそうね、という学びや発見が多い。われわれ旅の業界人にとってはあまりにも身近で商売道具でもある「地図」の世界を再発見できる、示唆に富んだエッセイ集だ。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。
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