ブランドと価格

2024.09.30 08:00

 インバウンドの活性化とともに宿泊価格が値上がりしている。もとより日本の物価は海外と比較して安いという評判で、為替状況を考慮しなくても必然的な流れだろう。現在、訪日客と日本人で価格を分ける二重価格が議論されている。私は分かりやすい条件を設定すれば社会的理解を得られると思っている。そのような現況で価格と価値、ブランドについて考えてみた。

 価格設定の方法を大きく分けると、原価を積み上げて算出する方法と、製品やサービスが顧客に提供する価値に基づいて設定する方法がある。ツアー価格の設定は原価積み上げ方式を採用するケースが多い。一方、高額商品は市場における相対的な価値を基準に値段を算定しているものが多い。特に品質だけでなく、希少性を価格に反映させて高価格を維持している商品やサービスは、ブランドとしての価値を確立することにより価格競争から離脱できる。

 さまざまなブランドの高額商品には共通点が見える。車ではフェラーリが分かりやすい。このメーカーが世界的ブランドとなった背景には走りにこだわった創業者の志と技術の追求があり、レースで優勝することで技術力を証明した。走りで世界的知名度を獲得した段階で、一般に販売する車両は生産台数を絞って希少性を維持し、数百台の生産から始めて世界に市場を広げてきた。現在は年間1万台を超える生産をしながらも完売状態を続けているという。品質と希少性を上手にコントロールした好例だと思う。

 私が参考にしているブランドの1つは和菓子メーカーの老舗「空也」である。明治時代の創業から品質にこだわり、現在銀座の小店舗だけでビジネスを行っている。限定生産を貫いて通販は行わず、デパートへの出店もしない。電話がつながりずらいので店舗まで足を運んで予約する人がいるほどだ。もなかの価格競争から逸脱した理由は手土産という商材として、受け取る側だけでなく贈り手側の満足度という価値が加わっている。千疋屋の2万円の桐箱入りメロンが売れる理由と同様に、贈答品には受け手と贈リ手双方にブランド価値が作用する。

 旅行を贈答する行為はまだ一般的ではないが、当社では社会人になった方が両親に旅をプレゼントしたり、お孫さんへ海外旅行をプレゼントする事例も散見されるようになったので、この分野も伸ばしていければと考えている。

 価格を高額に設定して販売するケースをマーケティングの視点から考えてみると航空機の座席が良い例になる。エコノミークラスに乗機するお客さまはファーストクラスやビジネスクラスの座席を見て通過していく。この時、比較優位の心理作用が生まれ、この席に乗ってみたいという人を増やす広告効果がある。さらにこの席に乗る人に少なからず優越感を提供できる。

 以前、A380に乗機した時、2階建ての機内への入り口が1階と2階に分かれ、2階席がすべてビジネスクラスという体験をした。すべての空間がビジネスクラスの機内では心理的優位性が失われ、満足度に欠ける印象を受けた。ディズニーランドのファストパスが長蛇の列を横目に入場できることで追加料金を支払うことに理解が得られるのと同様の、比較優位の心理感覚なのだろう。

 ブランドが確立している状態とは、商品の価格が市場での比較によって決められているのではなく、メーカーや提供側が独自に価格を決めて比較されずに売れていく状況であろう。ブランド化というのは一朝一夕にできるものではないが、商品やサービスの品質を追求し、需要と供給のバランスをコントロールしながら、品質を維持し続けていくことが肝要なのだろう。

しばざき・さとし●グローバルユースビューロー代表取締役社長。海外のネットワークから企画が実現した世界初の「ウィーン・フィルクルーズ」はクルーズ・オブ・ザ・イヤー受賞。シェフや音楽家が同行する旅などオリジナル企画を多数実施。カルチャー&ホスピタリティーを念頭に企画から添乗まで現場で陣頭指揮を執る。

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