みらいとは

2024.09.16 08:00

 パリ五輪が終わった。夜中から明け方まで生中継に見入る日々が続いたが、日本選手の活躍のみならず、世界のトップアスリートの真剣勝負にワクワクさせられた。いかにもフランスらしい歴史と文化の奥深さとユーモアを感じる開閉会式も、競技会場として使われたコンコルド広場やベルサイユ宮殿、エッフェル塔を背にメダリストを祝福するチャンピオンズパークなど、観光のアイコンとしていかにもパリらしいシーンが繰り返しテレビに流れるさまに、五輪を通じた都市のブランディングの成功を感じ取った。

 誰もが知る都市にもかかわらず、また行ってみたい、いつか行ってみたいと世界中で思う人は恐らく大幅に増えただろう。期間中は観光客が訪れず、観光事業者の嘆き節なども聞かれたがいつものこと。総じて見ればパリにとって多くの成功を手にした五輪だったのではないか。

 3年前の東京と全く違ったのは、言うまでもなく有観客であったことだ。ホーム、アウェーを問わず自国のアスリートを懸命に応援する観客と、その歓声に背中を押されながら結果を出そうとする選手たち。勝負が決まった瞬間のなんともいえない高揚感が会場からダイレクトに伝わってくる。生中継で伝える日本のテレビのアナウンサーもみな、興奮しながらその雰囲気を伝えていた。残念ながら東京では、その熱を感じることはなかった。

 1年遅れで無観客開催された東京五輪。いまさらながらなんとも罪なことをしたものだと思う。すでに多くの日本人にとって、いや世界にとって「なかったこと」になってしまってはいないだろうか。感動の共感はその瞬間に立ち会う人の数が起点となる。わずかばかりの関係者が見守る静寂の中での戦いは、アスリートには尊くてもゼロを分母とした掛け算にしかならない。世界に冠たる観光都市に成長した東京の姿は世界中に映されたが、無人の競技場と街並みの姿ではそこへ訪れようとする共感を得ることは難しかった。

 パリ五輪で「食事がまずく冷房の効かない選手村」「水質に問題のあるセーヌ川でのトライアスロン」など、ネガティブな報道を目にした人は多いだろう。しかしそれはネタとしては面白いが、選手村に行くこともなくセーヌ川を泳ぐこともないわれわれにはなんの意味もない情報だ。そんな得にもならない報道が、われわれを内向きにさせていく。

 いつの間にかポジティブよりもネガティブ、オフェンスよりもディフェンスのほうが日本人に深く染みついてしまったように思えてならない。円安のいま、海外旅行に出かける人を空港で捕まえてはパックのご飯を詰め込んだスーツケースを流し、台風で新幹線が運休すれば駅で途方に暮れる人の姿を流すテレビ。初めて発出された南海トラフ地震臨時情報「巨大地震注意」は、本来の趣旨が理解されず稼ぎ時の多くの海水浴場を閉鎖に追い込んだ。

 海外旅行が自由化された1964年の1ドルは360円。それでも当時の人々はため息をつくことなく、いつか夢のハワイへ、ヨーロッパへと希望をもって日々生きていたはずだ。「兼高かおる世界の旅」を見て、世界にはまだまだ知らない場所がたくさんあることにワクワクしていたあの頃はもう戻らないのだろうか。

 こんな日本の未来(みらい)とは。ネガティブとディフェンスばかりの国に未来などあるわけがない。そういえば、東京五輪のマスコットは「ミライトワ」。「未来」と「永遠」をかけたその名に恥じぬよう、人が動きまだ知らぬ世界を駆け巡り、多くの人々と出会うことの素晴らしさをもう一度かみしめ、そして伝えよう。

高橋敦司●JR東日本びゅうツーリズム&セールス代表取締役社長。1989年東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。2009年びゅうトラベルサービス社長、13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長、17年ジェイアール東日本企画常務取締役チーフ・デジタル・オフィサーなどを歴任。24年6月から現職。

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