旅の価値変革

2024.09.02 08:00

 グループ旅行のあり方は時代とともに変化しており、昨今は特に個人旅行では得られない体験価値を提供することが求められる。旅を構成する移動手段や宿泊施設にも大きな価値変革が起きている。列車や船などは移動そのものに別の体験を掛け合わせて新たな旅の価値を創造する。オーストリアにある当社のパートナー会社はクルーズの移動そのものに価値を持たせるという発想から、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と協業し音楽家と共に時と場所を共有する新たな旅を開発した。

 100人を超すオーケストラを乗船させる大型客船をチャーターし、08年に地中海クルーズとして取り組みを始めた。世界五大陸から音楽ファンを1隻の船上に集める壮大なプロジェクトだ。賛同するパートナーを世界中から募り日本は当社が担当。いままでにさまざまな海域でクルーズを行い、欧州各地の寄港地でコンサートホールを貸し切りで楽しむ旅はすでに5回実施している。

 列車の移動に価値を与えた代表例がななつ星in九州。「新たな人生にめぐり逢う、旅」というテーマで運行開始したクルーズトレインの先駆けだ。九州7県を走る車窓からは子供たちが手を振る光景と出会ったり、早朝の駅のホームに設えた食事処で地元の方が朝採れ野菜を振る舞う体験は列車移動のストーリーになっている。移動する車中では生演奏も行われ、新たなリニューアルでバーコーナーも併設された。

 ホテルや旅館などは食事やホスピタリティーなどソフト面の開発にも力を入れる。6月にオーベルジュのひらまつホテルズアンドリゾーツ熱海を貸し切りにして1泊2日の小旅行を企画した。海を眺めながら静かな空間でチェロの生演奏を聴くコンサートと、ドイツ料理のシェフを招きホワイトアスパラガスのスペシャリティメニューの食事を楽しんでいただく趣向である。都心から1時間足らずで行く土地の利便性と、音楽と食の体験を掛け合わせた内容が支持され2回実施したツアーはともに満席となった。

 ホテルや宿の価値変革としては、立地環境を生かしたアクティビティーの提供や、宿泊客を地域コミュニティーに誘導する交流企画なども活発になっている。滞在そのものに焦点を合わせ、すべての部屋にレコードオーディオを設置して昔のLPを貸し出すというホテルの取り組みは若い世代に支持されているようだ。

 クルーズもホテルも滞在に音楽と食を掛け合わせ体験価値を上げることができる。価値変革の方程式は掛け算だ。旅×食×音楽、さらに食や音楽にはコピーできない「人」という要素。美術や建築や歴史など変数は自由に考えられる。

 食という変数をさらに深掘りすれば、使う食材の生産農家の訪問、シェフのマーケットでの仕入れ同行、メニューに合わせた日本酒やワインの選定を利き酒師やソムリエに解説してもらう。それに連動した酒蔵やワイナリーの訪問で作り手の思いを聞くなど、旅で体験できる内容は多岐にわたり、自由に組み合わせができる。

 当社のツアーで評判が高いのは北海道・礼文島のウニの殻むきやホッケの仕分け体験。地域コミュニティーへの誘導としては五島列島の島民が演じる五島神楽の実演などが挙げられる。どちらも地元の方の理解と協力で実現可能となる企画だが、大人数では受け入れが難しく、個人旅行では手配できないという意味で、少人数グループならではの体験価値といえよう。

 日本が観光立国を標榜し、現在各地のDMOなどが推進する関係人口の創出は、私たち旅行業界が持つ価値変革のノウハウと実行力を発揮できる舞台として挑戦していきたい。

しばざき・さとし●グローバルユースビューロー代表取締役社長。海外のネットワークから企画が実現した世界初の「ウィーン・フィルクルーズ」はクルーズ・オブ・ザ・イヤー受賞。シェフや音楽家が同行する旅などオリジナル企画を多数実施。カルチャー&ホスピタリティーを念頭に企画から添乗まで現場で陣頭指揮を執る。

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