非認知能力
2024.08.19 08:00
人を見る時に学歴にどの程度の信頼を置いているだろうか。いい大学に入り、いい会社に入ることを志向する考えはいまでも根強い。その背景には学歴が将来の年収や幸福につながっているという固定観念がある。
「学歴は将来の年収やウェルビーイングには関係はない。重要なのは非認知能力だ」とする研究結果を発表したのが、00年にノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマン。賃金の高低について認知能力だけでは説明できず、幼児期の非認知能力に対する教育が将来の学力や年収にプラスの影響をもたらすという検証結果を示したことで世界的に注目を集めた。
非認知能力とは客観的な数値にして測定できない能力の総称のこと。具体的には、意欲や楽観性、実行力、諦めない力や忍耐力、コミュニケーション力や共感性など、個人の内面や特性を能力として捉えたものだ。非認知能力は経済学者であるサミュエル・ボウルズとハーバート・ギンタスによって1976年に「非認知的個人特性」として提唱されたことに始まる。一方の認知能力は、読み書き、計算力、IQ(知能指数)のように客観的な数値として測定できる。AIが人間の認知能力を超えつつあるなかで、非認知能力はAIにできない人間の能力としても注目される。「試験の成績がいいこと」と「頭がいい」はそろそろ別物と考えるべきかもしれない。
認知能力は無意味だというわけではない。むしろ非認知能力の伸びが認知能力の向上にも影響を与えていることが分かっている。また、社会で必要とされる能力もどちらかといえば、非認知能力の方だろう。実際、学業成績を当てにしない企業は多いし、観光教育と産業界とのミスマッチの原因も非認知能力の軽視にある。もっと学校で非認知能力を育む機会をつくるべきだし、そのための教授法や測定法の開発が期待される。
非認知能力と観光との関係でいえば、観光経験が非認知能力の向上に与える影響があるようだ。留学の効用は語学力向上という認知能力だけではない。横田雅弘の2018年の研究では、留学経験が影響を与える具体例として、授業の積極的な参加、学外での活動、忍耐力や柔軟性の涵養などの非認知能力の向上を指摘している。また、われわれの研究グループでも海外旅行経験が「自分ならできる」と思える自己効力感や学修意欲の向上につながるという調査結果を得ている。
西村和雄らの18年の研究によれば、主観的幸福度に与える因子として大きいのは、健康、人間関係、自己決定であるとする。この研究でも人間の幸福の要因として学歴は統計的に有意ではない。批判を恐れずにいえば、高学歴でも非認知能力の低さから成功をつかみ取れない人は多い。一方で、私見だが観光産業に従事する人は非認知能力の中でも他人に対する共感力やコミュニケーション力が高く、人生を謳歌している人が多い。困難を乗り越える柔軟性や忍耐力もコロナで強くなった。
観光学という受験科目にない学問領域を扱う立場としては、観光産業は学歴に左右されない非認知能力が優れた若者の希望の星であってほしい。
鮫島卓●駒沢女子大学観光文化学類教授。立教大学大学院博士前期課程修了(観光学)。HIS、ハウステンボスなど実務経験を経て、駒沢女子大学観光文化学類准教授、同大教授。帝京大学経済学部兼任講師。ANA旅と学びの協議会アドバイザー。専門は観光経済学。DMO・企業との産学連携の地域振興にも取り組む。
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